<マリのブルー>

  • 2010.09.22 Wednesday
  • 18:37


桐矢連載第9話である。

 

連載もここまでくると、

 

もともとの話はどうだったのだ? とか、

 

途中からお読みの方は、

 

話の成り行きがわからぬ? とか、

 

ご不便をおかけしているに違いない。

 

そこで、「口のない友達」を最初から通して読めるように

 

新しいカテゴリにまとめることにした。

 

新しいカテゴリは 「桐矢絹子作品」 である。

 

右欄の「マイカテゴリ」の「桐矢絹子作品」をクリックしていただくと

 

「口のない友達」が通読できます。

 


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「口のない友達」9  マリのブルー   桐矢絹子

 


「おばあちゃんは、口がいらないの?」

 

お茶を入れる手をとめて、おばあちゃんはあたしをみた。

 

「・・・パパに聞いたのかい?」

 

「ごめん、盗み聞きしちゃった」

 


おばあちゃんは黙って湯のみにお茶を注いだ。

 

「この湯のみ、大きさもちょうどいいし、とっても使いやすいよ。

 

作ってくれてありがとうね、マリちゃん」

 

「うん・・・。でも、口がなくなったら、もう使ってもらえなくなっちゃうね」

 

「・・・そんなことないよ。いつまでも大事にするよ」

 

おばあちゃんはちょっと困った顔をした。

 


パパは辻本家の長男だ。

 

もともとは、このパパの実家におじいちゃんおばあちゃんと5人で住んでいた。

 

だけど、ママはおばあちゃんとあんまり合わなかったみたいで、愚痴ばかり言ってた。

 

ママはパート仲間に誘われるままフラダンスのサークルへ通いはじめて

 

家にいる時間が少なくなって、あたしはおばあちゃん子になっていった。

 

ママはますますヒステリックになった。

 

そしてあたしが小6のとき、中学校に上がるのを理由に半ば強引にこの家を出たんだ。

 

だけどママだってかわいそうな部分もある。

 

もともとは別居する約束だったのに、

 

パパに家の事情が変わったとかなんとか言われて

 

即同居することになってしまったんだって。

 

そのうえパパは嫁姑問題に関わるのをきらい、ママが相談しても

 

「とにかく、うまくやってくれよ」の一点張りだったらしい。

 

大体パパは、だれにでもいい顔をしすぎるところがある。

 

本当にいい人なわけじゃなくて、だれにでも「いい人」だと思われたいだけだ。

 

パパのことだって嫌いじゃないけど、肝心なところで頼りにならないなぁと感じてしまう。

 

パパ、まさか娘にこんな風に思われてるなんて、思ってもいないんだろうな。

 


あたしはよく一人でおばあちゃん家に遊びに行った。

 

おじいちゃんとおばあちゃんはあたしの訪問をいつもとても喜んでくれて、

 

学校の話や友達の話を熱心に聞いてくれた。

 

あまり遅くなっては両親が心配するからと、

 

おばあちゃんは夕焼けの中いつも途中まで送ってくれた。

 

一緒に歩きながら、あたしはときどき買ってもらえる二重焼きを楽しみにしてた。

 

だけど夕食を食べきれないことでママにばれてしまい、

 

おばあちゃん家に行くのは多くても週に1回と決められてしまった。

 

おじいちゃんが亡くなりあたしは高校2年生になったけど、この習慣は今も続いている。

 


あたしは居間のおじいちゃん用の小さい戸棚の中にある眼鏡を見つめた。

 

おじいちゃん、あのこと、今日おばあちゃんに伝えようか。

 

おばあちゃんは背中を丸くしてお茶をすすっている。

 

ちいさくなったなぁ。

 

今あのことを話しても、おばあちゃんを余計に悲しくさせるだけかもしれない。

 


「おばあちゃん、これ、やろうよ」

 

あたしは両手を前に出して指を丸めて輪っかをふたつ作った。

 

「もうそんなことして遊ぶ歳じゃないだろうに」

 

半ば呆れ顔のおばあちゃんに催促して同様に輪っかをふたつ作ってもらい、

 

おばあちゃんと一緒に「ずいずいずっころばし」を歌いながら、

 

右手の人差し指をリズムにあわせてふたりの手でつくった3つの輪っかに

 

順番にさしていった。

 

「〜いどのまわりでおちゃわんかいたの だあれ♪」

 

あたしの人差し指はおばあちゃんの輪っかの中で止まった。

 

2人で顔を見合わせて笑った。  <続く>

 


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<辻本家の黒>

  • 2010.09.16 Thursday
  • 17:45


桐矢連載第8話である。

 

ブログでお話をつづるとき、

 

その文章量は一回につきせいぜい千文字くらいが適量である。

 

なので、登場人物が多いと、その人間関係がわかりにくい。

 

ブログの弱点かもしれない。

 


桐矢作品にもにわかに登場人物が増えて、

 

読者の皆さんにはいくばくかの混乱を与えているようだ。

 

そこで、なんらかの判断材料にしてもらえれば、という意図で、

 

「相関図」を再掲しておこう。


↓↓口のない友達@相関図(クリックしても大きくなりませぬぅ)

【画像:445399.jpg】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「口のない友達」8  辻本家の黒   桐矢絹子

 


「意味がぜんぜんわからないわ」

 

妻の奈保子の反応は思った通りのものだった。

 


「どうしてお義母さんはそんなことを言い出したの?

 

口をなくしたりなんかしたら、

 

ご近所の人に私が何言われるかわかったもんじゃない。

 

面倒なことに私を巻き込まないで欲しいわ。

 

とにかくあなた、お願いね」

 

やれやれ。自分の保身ばっかりだ。

 

俺の話なんかろくに聞こうともしない。

 


「それに今はそんなことに頭を使っている状況じゃないのは

 

あなたもわかっているでしょう?

 

マリは来年受験なのよ。

 

あの子が私大に行きたいなんて言い出したら・・・、あなたどうするつもり?

 

うちにはね、そんな余裕なんてないのよ。

 

私のパート代だってたかが知れてるし、

 

せめてあなたがもう少しお給料を貰ってきてくれたら・・・・」

 

「今そんな話してなかったじゃないか。

 

なんでもかんでもその話に持っていくけどな、こっちだって大変なんだよ。

 

奈保子も以前同じ会社に勤めていたんだから少しは察してくれよ」

 

奈保子はふ〜、と深いため息をついて黙って俺を見つめた。

 

目が、「貧乏くじを引いた」と言っているように見えた。

 


「・・・・だったら、売ったら?」

 

「はぁ? 売るってなにを?」

 

「お義母さんの口よ。どうせいらないなら、

 

捨てるよりネットで売ったほうがいいじゃない。

 

ま、欲しがってる人がいるとは思えないけど」

 

「・・・お前、なんてこと言うんだ。

 

親の口を売れるわけないだろう。頭がおかしいんじゃないか。

 

まったく、口を開いたと思ったら金金って・・・。

 

こんなに金にうるさいやつだとは思わなかったよ」

 

「なんですって! もとはといえばあなたの稼ぎが悪いのがいけないんじゃない!

 

この給料でよくそんなことが言えるわねぇ!!」


いつもこうなる。もううんざりだ。

 

「よせよ。大声出したらマリに聞かれるぞ」

 


マリ、とぼそぼそつぶやくパパの声がしたあと、家の中は静かになった。

 

パパとママが思っているよりもこのマンションの壁は薄い。

 

ふたりは良くケンカをする。

 

今までで一番大きなケンカは、

 

5年前に同居していたパパの実家を出ることになったときだ。

 

ママとおばあちゃんの相性があわず、ある日とうとうママがキレて、

 

別居しないなら離婚よとパパにせまった。

 

それで、あたしが中学校に上がることを理由に

 

県で一番の進学校の学区内にあるマンションに引っ越した。

 

だからあたしの成績が悪いとママはひどく怒る。

 

あたしのことを思ってではなく、自分の体裁を守るためだと

 

あたしがもう気づいているってことに、ママはまだ気づいていない。

 


明日学校が終わったら、おばあちゃんに会いに行こう。  <続く>

 


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<辻本哲史氏の黒>

  • 2010.09.13 Monday
  • 17:00


桐矢連載第7話である。

 

にわかに登場人物が増えてきて、

 

「あんただれ?」という混乱が起こりつつある桐矢小説である。

 

たまには読者を混乱させる。

 

この勇気も必要なのだ。

 

それは読み終わったときに、

 

絡まった糸を解きほぐす爽快感が生まれるからだ。

 

さあ、混乱の渦においでまし。

 


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「口のない友達」7  辻本哲史氏の黒   桐矢絹子

 


もうこれ以上考えたってどうにもならない。

 

俺はパソコンに向きなおり、「OK」ボタンを押した。

 

画面が切り替わり、「設定が完了しました」と表示された。

 

ふーーっと長いため息をついて、

 

椅子から転げ落ちるようにして床に体を横たえた。

 


お袋が変なことを言いだしたのは、ひと月ほど前のことだった。

 

「哲史、ずっと考えていたんだけどね、私は口を捨てたいと思うんだよ」


今日は親父の3回忌だった。

 

住職にお経をあげてもらったあと皆で食事をし、

 

ようやく一息ついたころ親父の部屋で一服していると、

 

お袋が神妙な顔をして部屋に入ってきてこう言った。

 

 

「・・・・何言ってるんだ?母さん」

 

「おじいさんが亡くなってからずっと考えていたんだよ。

 

私はね、口があることが煩わしい。もう何もしゃべりたくないんだ」

 

お袋は嫌々口を動かしているような感じで、ぼそぼそと小声でしゃべった。

 

たしかに、今日もほとんど口を開いていない。

 

もともと無口な人だし、そんなことは今のいままで気にも留めていなかった。

 


「何があったんだよ?しゃべるのが嫌なら、しゃべらなければいいだけじゃないか。

 

なにも口を捨てることなんてないんだよ。

 

それに、口がなくなってしまったらさっきマリが母さんにプレゼントした

 

手作りの湯のみが使えなくなってしまうじゃないか。

 

マリは母さんのことを心配して、元気だしてもらいたくて

 

わざわざお金払って習いに行ったっていうのに」

 

お袋は孫のマリをことのほか可愛がっている。

 

マリの名前を出せば、思いとどまると思ったのだが。

 

「だれにも私の気持ちなんかわからないんだよ」

 

「いったい何があったんだ。だれかに何か言われたのか?」

 


お袋は押し黙ってしまった。

 

どうしても理由は言わないつもりらしい。

 

昔から変なところで頑固なお袋だ。

 

言わないと決めたことは絶対に言わないだろう。

 

だけどこのままほっといて、もし万が一なにかあってはいけないし・・・。

 

「わかったよ、母さん。

 

口をなくしたいと思っているのはわかった。

 

だけど、捨てるのは反対だ。

 

もう一度、ゆっくり良く考えてくれ。・・・・いいね?」

 


とりあえずわかってもらえたようだったが、すぐにまた言い出すだろう。

 

ボケはじめているのか? それとも、何か他に理由があるのか。

 

どちらにしても、困ったことになった。

 

勝手なことをされてはかなわない。

 

他の誰にも言ってないよな?

 

こんなこと、奈保子に知られたら俺がなんて言われるかわかったもんじゃない。

 

しかし内緒にしておいて、おかしなことになったらますます責めたてるだろうし・・・。

 

まったく、不景気でいろいろと神経質になっている時期に。

 

余計なやっかい事を背負わされた気分だった。  <続く>

 


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<あかいくち>

  • 2010.08.03 Tuesday
  • 11:40


少々夏バテ気味の弟子と師匠である。

 

毎週土曜日が講義日なのだが、

 

酷暑を迎えて二週に一度の講義にペースダウンしているのである。

 

あ、あづい。。。

 

だがしかし、夏バテにもめげず課題を提出する「根性」の弟子なのである。

 


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「口のない友達」4 あかいくち   桐矢 絹子

 


「申し訳ございません、お約束のない方はお断りさせていただいておりますので」

 

         


口のない女の子に出会ったのは、たしか僕が小学校低学年の時だ。

 

みんなが一年に変な子が転校してきたってさわいでて、

 

その子のクラスをのぞきにいったんだ。

 

今まで口のない子なんて見たことがなかったから、ただただ不思議な感じがした。

 

その子はみんなに変な目で見られていた。

 

先生がうるさいから、あからさまに嫌うひとはいなかったけど、

 

やっぱり浮いた存在だった。

 

いや、陰でいやがらせをされていたんだっけ。

 

しゃべれないからと面白がられて、うわばきやノートを隠されたりしてたっけな。

 

よくひとりで、なにかを探すように廊下をうろうろしてたような気がする。

 

どうしたのか、なにしてるのか先生に聞かれてもなんにも答えることができなくて、

 

いつもただ泣いてた。

 

本当、いいオモチャになってたなぁ。

 


転校してきてしばらくたってから全学年合同のレクみたいなのがあって、

 

そのとき初めてその子を近くでみた。

 

最初は先生のうしろに隠れていたけど、あれはなんのゲームだったかなぁ。

 

ジャンケンして負けたらうしろにつくやつ。

 

芋虫みたいにどんどん連なっていくゲームだった。

 

僕は先生に言われるままにその子とジャンケンして負けて、

 

うしろからその子の細い両肩に手をのせて歩いた。

 

そのとき思ったんだよなぁ。

 

うしろから見たらフツウじゃんって。

 

その子がいじめられてひとりぼっちでいることが、急にかわいそうになった。

 


あの日、僕は世界地図のようなおねしょをしたうえに寝坊までして、

 

学校に向かって走っていた。

 

1時間目はもうとっくに始まっている。

 

みんなになんて言い訳しよう。

 

授業中の教室に入るのは勇気がいる。

 

と、下駄箱で口のない子に出会った。

 

あの子もちこくかな。

 

いや、ごはんが食べられないからたまに病院に通っているらしいとだれかが言ってた。

 

その日だったのかもしれない。

 

自分のくつ入れにうわばきが無くて、泣きそうになっている。

 

僕はとてもいやな気もちになった。

 

その子に近づいて、僕にまかせてとかなんとか、たぶんそんなことを言った。

 


「だれがこんなことしたの!!!」

 

それをみつけた先生はすさまじかった。

 

その声を聞いて、先生のうしろでますますその子は泣きじゃくっていた。

 

僕が赤いマジックで描いた口は涙でにじんで、あごまで真っ赤になっていた。

 

そんなつもりじゃなかったんだ。

 

だって、いつもいじめられてかわいそうだったから、

 

なんとかしてあげようと思っただけなのに。

 

口が無いからいけないんだったら、口があればいいんだ。

 

そうでしょ? なのにあんなに泣くなんて。

 

         


さっきの会社のOLはあの子に似ていた。

 

20年も前のことだから自信はないが、なんとなくそう思った。

 

だけど、口があった。

 

やさしい声で丁寧に営業のお断りを受けた。

 


赤いマジックで描いた口が笑った。

 

 

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<チカちゃんのブルー>

  • 2010.07.13 Tuesday
  • 11:15


ソアラサービスのブログで昨日、

 

「桐矢絹子のブラックワールド」が紹介された。

 

↓↓これね。
【 独創的!「桐矢絹子のブラックワールド」の巻 】

 

【画像:423598.jpg】


 

 

 

 

 

 

 

 

独創的という冠はちと誉めすぎの感もあるが、

 

ブログ担当のがんちゃん(推定23歳)にとっては、

 

「イナゲな世界だのう」と戸惑っているに違いない。

 

   編集部注:イナゲ=広島弁で、変な不思議な、の意味。
    女子がこの言葉を使うと、それは「ヘンタイ」を意味する場合もあるらしい。

 


ものはついでということもあるから、

 

桐矢のもうひとつの「イナゲな世界」を紹介しておこう。

 

ご存知連作中の「口のない友達」である。

 


参考ブログ

「口のない友達」1 モリノさんの黒
 

「口のない友達」2 チカちゃんの黒


おまけ。 <チカちゃんの赤>


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「口のない友達」3 チカちゃんのブルー    桐矢 絹子              

 


わたしには、口がありませんでした。半年前までは。

 


ある日、家に帰ってパソコンを立ち上げメールチェックをすると、

 

口の出品者からメールが来ていました。

 

心臓がドクンッと大きな音を立てました。なんだろう。

 

取引は半年も前に円滑に終わったはずです。

 

もしかして、口が無いことが不便になったから

 

やっぱり返せとでも言うのでしょうか。

 

いまさらそんなことってある?

 

口が無い人生なんてもういやです。絶対にいや。

 

わたしは受信しているメールを開くことができませんでした。

 


           ●

 


「最近生意気だと思わない?」

 

「ああ、チカちゃんですか」

 

「こないだのカラオケは酷かったわ。マイク、離さないんだもんねぇ」

 

「いままでずっと口がなかったからあんな風になっても無理ないのかもしれないけど、

 

あれはちょっとねぇー」

 

「それに、急に化粧や私服が派手になりましたよね」

 

「そうそう!わたしもそれ思ってた!

 

見た?こないだの変な服装。似合ってないのに頑張っちゃって」

 

「アハハ、言えてるー」

 

「前の方が良かったわよ」

 


   ふうん。わたしのことそんな風に思ってたんだ。

 


           ●

 


開けないままでいた、口の出品者からのメールを開いてみました。

 

そこには予想外のことが書いてあったのです。

 


イワサキ チカ 様

 

お久しぶりです。

 

半年程前に、ネットオークションで口をご購入いただいた辻本と申します。

 

お元気でいらっしゃいますか。

 

その後、どのようにお過ごしでしょうか。

 

今回メールをさせていただいたのは、実は、

 

口の出品者があなたのことを案じておりまして。

 

もしよろしければ近況を教えていただければと思っております。

 

と言いますのも、出品者は口があることを煩わしく感じて、

 

ついに手放すことに致しました。

 

口が無くなった今、その人はとても平穏に過ごしております。

 

穏やかな生活に満足しているそうです。

 

そこでふと、不要なものをあなたに押し付けてしまったのではないか、

 

余計なものを出品してしまったのではないかと心配になり、

 

購入者のあなたが口を手に入れてどのように過ごされているかを知りたいと、

 

そのように申しておりまして。

 

大変勝手なお願いではございますが、もしよろしければ、

 

簡単で結構ですのでご返信いただければと思います。

 

お手数をおかけしてしまい申し訳ないのですが、どうぞよろしくお願い致します。

 


   口を手放したおかげで穏やかに暮らしている?

 

   そんなことってあるのでしょうか。

 

   本当に? でもそう書いてあります。

 

   口があることは良いことではなかったの?

 


           ●

 


「前に派遣で来てた子いたじゃん? あの、髪が長くてちょっとぽっちゃりした」

 

「えーと、モリノさん?」

 

「そうそう、自分がちょっとかわいいと思ってる感じの。

 

あの人って、河辺さん狙ってたわよね」

 

「ああやっぱりそうだったんだ。うすうす、そうじゃないかとは思ってたんだ」

 

「河辺さんって・・・、チカちゃんのこと気に入ってましたよね?」

 

「チカちゃんにはすごく優しくしてたわね」

 

「河辺さんには歳の離れたにぎやかなお姉さんがいるからね。

 

うるさい女より、無口な子のほうが好きなんじゃない」

 

「じゃあ、口のないチカちゃんが好きだったんだ」

 


   好きだった? 口のないわたしが??

 

   目の前が、ぐらりと鈍く歪んだような気がしました。

 

   わたしの中で、何かがぐちゃぐちゃに崩れていくのを感じました。

 


           ●

 


拝復 辻本様

 

こんにちは。メールの返信が遅れてしまい申し訳ありません。

 

わたしには、生まれたときから口がありませんでした。

 

ずっと口が欲しいと思いながら生きてきました。

 

だから、手に入れることができて本当に嬉しかったです。

 

口がある生活はとてもとても楽しいです。

 

だけど、楽しいことばかりじゃないということも知りました。

 

出品者様が口の無い生活を平穏だとおっしゃっているその心境が、

 

今なら少しだけわかるような気がします。

 

わたしには口が必要です。必要ですが、

 

もし今後出品者様がやっぱり口を返して欲しいと思われるようなことがあれば、

 

その時はどうぞ、ご遠慮なくおっしゃってください。

 

おそらくわたしの方が、口のない生活には慣れているでしょうから。

 

 

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<口のない友達1>

  • 2010.06.09 Wednesday
  • 12:00


『口のない友達』 モリノさんの黒    桐矢 絹子

 


彼女には、口がありませんでした。

 

どうして無いのか、ごはんはどうやって食べているのか、

 

しゃべれないのでまったく分かりません。

 

今までどうやって生きてきたのか、本当に生きているのかさえ、

 

疑問に思えてくるほど生活の不透明な女の子でした。

 


彼女とは、前の職場で知り合いました。

 

私は三ヶ月契約の派遣社員で、彼女は派遣先の正社員でした。

 

彼女には口が無いので電話には出られませんが、

 

パソコンの入力が物凄く速く、資料作成も上手だったため、

 

職場で浮くようなこともありませんでした。

 

口が無いなりに、上手くやっているようにみえました。

 

私たちは不思議とウマが合い、三ヶ月の契約が満了して、

 

私がその会社を辞めた後も、定期的に会っていました。

 


彼女とは楽しくおしゃべりをするということはできませんでしたが、

 

私の話を、こくん、こくんと頷きながら、全て聞いてくれました。

 

当時の私には、ただ黙って話しを聞いてくれる彼女が必要でした。

 

その相槌に随分救われていたと思います。

 

彼女にはどんなことでも話せました。

 

思っていることをそのまま口にすると、とてもすっきりするんだということを知りました。

 

きたない言葉で、自分を傷つけた人を罵ることはとても素敵なストレス発散方法です。

 

彼女は私の愚痴を、全て受け入れてくれていました。

 

そんな私たちの関係がずっとずっと続くのだろうと、

 

根拠も無いのに私は、そう思っていました。

 

だからまさか彼女が口を手に入れたがっていたなんて、思いもよりませんでした。

 


その日、携帯に知らない番号から着信がありました。

 

「もしもし、モリノさ、ん?」

 

知らない声が、私を呼びます。

 

「わたし、チカ、です」

 

その声は、口の無い友達の名前を名乗りました。

 

「インターネット、オークションで、口を、みつけたの」

 

彼女は、音程を確かめるようにゆっくりと控えめにしゃべっていましたが、

 

しゃべれるようになって喜んでいるらしいことが、電話越しに伝わってきました。

 

私たちは次の休日に会う約束をして、電話を切りました。

 

私は、ドキドキしていました。

 


日曜日、公園のベンチに座って、彼女は私を待っていました。

 

私を見つけると、口を少しすぼめて、恥ずかしそうに嬉しそうに笑いました。

 

その口はなんの違和感も無く、彼女の小さな顔にすっきりと納まっていました。

 

インターネットオークションで口を見つけた時の感激や、

 

会社で意思の疎通がスムーズになって仕事がやり易くなったことなど、

 

彼女は私にたくさんたくさん、話しました。

 

いつもは私の話を黙って聞いていた彼女が。

 


「私、モリノさんと、ずっと、こんな風に、おしゃべりしたかったの」

 

心の底から幸せそうな顔をして、彼女が言いました。

 

「私も、チカちゃんとおしゃべりできてうれしい」

 

不自然で、歪んだ笑顔になったのが、自分で分かりました。

 

私はこれまで、彼女がしゃべれないことを良いことに

 

彼女にきたない言葉をたくさん浴びせていたのです。

 

私がどんなことを言っていたのか、他の人に言いやしないだろうか。

 

彼女の本心が、知りたい。

 


「それにしても、どうして今更?」

 

私はさりげなく、彼女に聞きました。

 

「そりぁ、しゃべれるものなら、しゃべれるようになりたかったもの」

 

当然のことのように、彼女は答えました。

 

「何を?」

 

「え?」

 

「何をしゃべりたいの?」

 

「何って・・・・私も、普通に、おしゃべりしたいわ」

 

普通に、愚痴が言いたいということでしょうか。

 

「・・・モリノさん?」

 

「チカちゃん良かったね」 とっさに目をそらしてしまいました。

 

「モリノさん、怒って、いるの?」

 

「どうして?どうして私が怒らなきゃならないの?」

 

怒らせるようなことを、するつもりなの?

 


これ以上ここに居ては、私の方から余計なことを言ってしまう。

 

私は、実は今日、急用が入ったのだと彼女に伝えました。

 

「もう、行かなくちゃ」

 

「そうなの。残念」 彼女は心底残念そうな顔をしました。

 

「モリノさん、またね」

 

彼女の声は透き通っていてとても綺麗でした。

 

しかし、私の心の中に入ってくると、黒く濁ってぐちゃぐちゃになりました。

 

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あすは、 『口のない友達』 チカちゃんの黒


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