<不思議な語らい>

  • 2010.11.10 Wednesday
  • 21:36


不肖Shiozyは、人を誉めるのが苦手ある。

 

どちらかというと、

 

貶し(けなし)怒り叱咤激励し、

 

それでも突き放すタイプである。

 

いわば、子供を崖から突き落とす親ライオンなのである。

 


桐矢は弟子入り9ヶ月になろうとする。

 

書いてきた文章をギタギタに切り裂いて順列を逆転させ、

 

文書量を三分の一に圧縮し、それでもOKを出さない。

 

こんな過酷な修行に耐えてきた桐矢なのだが、

 

最近はごく一部の語彙を修正するだけにまで成長した。

 

まあ、安心して読めるわけだ。

 


苦節9ヶ月。

 

親ライオンの役割もそろそろ卒業かもしれない。

 

この小説も大団円を迎えようとしているこの時期に、

 

初めて誉めてみるのである。

 


誉めても食らいついてくるのか桐矢絹子。

 

桐矢連載19話である。

 


-------------------------------------------------

 

「口のない友達」19  不思議な語らい   桐矢 絹子

 


やっぱり来なければよかった。

 

チカは、自分のとっさの判断を悔やんでいた。

 

あのとき、変な情け心を持ちさえしなければ、

 

今ここでこんな葛藤をしなくてもよかったはずだった。

 

目の前のベッドに、口のない衰弱したおばあさんが横たわっている。

 

この病室にチカを連れてきたマリが、

 

「おばあちゃん」と軽く肩をさすりながら声をかけると、

 

そのおばあさんはゆっくりと目を開けて

 

そこに見知らぬ女性が座っていることを認めた。

 


「こんにちは」

 

チカはひかえめな声で目を覚ましたばかりのヨシヱおばあさんにあいさつした。

 

「これ、お好きだと伺ったので」と、

 

薄桃色のトルコキキョウと黄緑色のプブレリュームのちいさな花束を、

 

そっと差し出した。

 

おばさんは嬉しそうに目を細めて、枕もとの台に置いてある湯のみをみつめて、

 

それから視線をマリに移した。

 

マリはうなずいて、チカから花束を受け取り、

 

病室の隅にある洗面台で湯のみに花を挿した。

 

チカには、その湯のみに見覚えがあった。

 

心臓を素手でぎゅっと握られたような痛みを感じて、とっさにつばを飲んだ。

 

入りきらなかった花を長細いガラスの花瓶に生け、

 

それらを枕もとの台の上に置くマリに対して、

 

これまでのように割り切った気持ちでいることは、

 

チカにはもうできなくなっていた。

 


「トルコキキョウには、〈よい語らい〉という花言葉があるのですよ・・・・」

 

チカの口はつぶやいた。

 

「へえ。お姉さんは物知りですね。それ、むかしおばあちゃんに教えてもらいました」

 

「・・・・今しゃべったのは、わたしじゃないわ」

 

一年ぶりに口がしゃべった。

 

今、目の前のおばあさんが、わたしについているこの口を使っている。

 

「え・・・?それってどういう・・・」

 

「マリちゃん、この人に謝りなさい。こんなところまで連れてきてしまって・・・」

 

「・・・お姉さん、何言ってるの?」

 

マリは怪訝そうな顔をしてチカをみた。

 

目に、動揺と、怒りの色がみえる。

 

「・・・・マリちゃん、いろいろありがとう。でも、もういいんだよ・・・・」

 

「やめてよ!お姉さん、そんなやり方は卑怯だよ!!」

 

チカは、ふーっとゆっくりため息をついた。

 

この状況を理解しろというほうが無理だ。

 

それに、この時チカは決心していた。

 


「おばあさん、あなたにこの口をお返しします」

 

チカは、おばあさんの目をじっとみつめていった。

 

「あなたが口をくださったおかげで、

 

わたしはいままで知らなかったことをいろいろと知ることができました。

 

わたしには、それだけで十分です。

 

これ以上、あなたの命を犠牲にしてまで口を使い続けるわけにはいきません。

 

そんなの耐えられない」

 

おばあさんはゆっくりと首をふって、

 

そろりそろりと筋ばってほっそりとした手をチカに向けて伸ばした。

 

チカはあわててその手を両手でふわりと包んだ。

 

「だめですよ・・・ないと、あなた困るでしょう・・・」

 

「このままおばあさんに死なれてしまったほうが、よっぽど困ります」

 

「わたしはもういいんですよ・・・」

 

「わたしがよくないんです」

 

ひとりの口から発せられるふたりの会話を、マリはただ突っ立ってみつめていた。

 

目の前で手を取りあったふたりのこの奇妙なやりとりを、

 

どうにかして受け入れようと必死に頭の中が動いているのがわかる。

 

だけど、それでいて思考は完全に停止してしまっていた。

 

落ち着け、落ち着け、考えなければ、受け入れなければ、

 

そんな言葉が、マリの頭の中にただ虚しく浮かんでいた。

 


「・・・・もういいよ」

 

マリはぼそりとつぶやいた。

 

「もうわかったよ。・・・・あたしが余計なこと、しちゃっただけなんだ」

 

そういうと同時に目から大粒の涙が溢れてきて、マリの視界をぼんやりと滲ませた。

 

この、初対面であるはずのおばあちゃんとお姉さんの間に、

 

口の受け渡しによってお互いへの思いやりのような気遣いのようなものが

 

うまれているなんて。

 

そんなこと、まったく想像すらしていなかった。

 

自分がおばあちゃんの一番の理解者だと自惚れていたことを、

 

たった今、思い知らされた。

 

頭が重い。くらくらする。

 

うしろから突然、おもいきり頭を殴られたような気分だった。

 

マリは、どうしようもない疎外感を感じていた。

 


「・・・・マリちゃん・・・・」

 

おばあさんのつぶらな瞳が、まっすぐにマリをみつめていた。

 

「ありがとうマリちゃん・・・ありがとう・・・・」

 

チカについている口は、何度も何度も、

 

マリちゃんありがとう、と言った。   <続く>

 


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コメント
内臓の移植というのは医療の発達で最近は珍しくなくなってきたが、口の移植があると、こういう掛け合いもあるのか、と感じました。なんか奥深いです
shiozyさん、おはようございます
口をめぐる不思議なドラマを感じています
う〜〜ん、結局口はチカちゃんのものになるのでしょう?(私の予想では)
怒るshiozyさんから褒めるshiozyさんへの変化も
わかりますね・・・
その昔殴るshiozyさんが優しいshiozyさんになられたように
読みながら『プブレリューム』の花がどうも気になって
先に検索してしまいました

そもそも〈口のない人〉という状況をリアルに考えてしまうと
このお話はドロドロと難しくなってしまうのですが
その辺を桐矢さんは上手く伝えようとしていると思います

 





  • のりたま
  • 2010/11/11 10:13 AM
ええお話になりましたね。
最初の話し は どんな ブラックワールドになるのか? どんな人ももってる心の膿だらけになっちゃうの?

・・・って 思ったのだけど。桐矢さん 見事な蝶に化かしちゃいましたね。素晴らしいです!
マリちゃんとチカちゃんの心の変化 温かいです。

次がもしかして最終回になるのでしょうか?
それとも あと4回ぐらい??
チカちゃんの恋物語も残ってるし・・
はてさて1冊の本になる分量っていくらなんでしょ?師匠さま教えてくださいましね
  • はるめ
  • 2010/11/11 9:11 PM
はるめちゃんと同感!

ええお話になっちゃいました〜!(笑)

リアルな想像をせず、ハートで感じるお話です。

ホロリときたり、ドキッとしたり、

今日はほんわりあたたかい気持ちになったり…

このお話の終わりはどうなるのかワクワクします(^^)
ブラックがどんな色に変化していくのだろうと楽しみにしていました。
いろいろな色が生まれましたね。

彩を織る 縦横斜め こころ色
辰あにい。こんにちは。口が掛け合いをする、という発想はおもしろいでしょ。桐矢の着眼点に二重丸です。
  • shiozy
  • 2010/11/13 11:04 AM
kanarinさん。こんにちは。現実にはありえない設定でのお話でも、想像力次第でリアルな物語になる。不思議なちからの桐矢小説です。
Shiozyさんは優しくなったのではありませぬ。単に歳をとって気が弱くなっただけでありんす。(笑)
  • shiozy
  • 2010/11/13 11:05 AM
のりたまさん。こんにちは。私も『プブレリューム』検索してみました。(笑)

〈口のない人〉という発想の意外性が桐矢の勝利です。最初は戸惑ったかもしれませんが、「何かが欠けている」ことで生まれるドラマ。そこを読み取っていただければうれしいです。
  • shiozy
  • 2010/11/13 11:05 AM
はるめさん。こんにちは。桐矢のドロドロがだんだん浄化されてきたでしょ。桐矢の弱点「観念論」が「お話」に昇華してきた証拠でしょう。

桐矢は現在エピローグに辛吟中。。。あと2回かな???
  • shiozy
  • 2010/11/13 11:06 AM
アクビさん。こんにちは。アクビさんを泣かせてばかりではいけないので、少しはハッピーなストーリーも考えたようですよ。(笑)

「ホロリときたり、ドキッとしたり」←これこそが小説家の醍醐味。
  • shiozy
  • 2010/11/13 11:06 AM
ペアさん。こんにちは。どんどん変化していきますでしょ。揺れながら成長する。そこにドラマがあるように思います。

ブラックも 変幻自在に こころ色 (返句)
  • shiozy
  • 2010/11/13 11:07 AM
最近毎日PCをひらくようになり、
毎日のように、shiozyブログをのぞきにきております。
なぜかというと、チカちゃんが気になるからーーー!!!
ドキドキしながら、読んでおります(^^)
ハッピーに終わるのか?どんな色で終わるのか?
ウズウズ・・
まろぞうさん。こんばんは。おや、チカちゃんの隠れファンでしたか。まろぞうさんのコメントを見て、桐矢は泣いて喜んでいることでしょう。最後をお楽しみにね。(笑)
  • shiozy
  • 2010/11/14 9:07 PM
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