<口がない理由>

  • 2010.11.19 Friday
  • 12:09


昨日は、安芸高田市高宮で「福寿大学」の講演だった。

 

安芸高田市での講演は、これで4回目である。

 

吉田、美土里、高宮、高宮と続いている。

 


実は、講演依頼というのはおもしろいもので、

 

同じ市町からは連続しては来ないものなのだ。

 

「去年、あの人の話は聞いたから別の人を呼ぼう」

 

こう考えるからだ。

 

これまで、二年連続で呼んでいただいたのは、

 

東広島市と海田町のふたつだけだった。

 

しかるに、安芸高田市は4回である。

 

足を向けては寝られないのである。

 


「福寿大学」であるから、もちろんお年寄り向けの講座である。

 

最前列に坐った90歳近くのおばあちゃん。

 

話が佳境に入って、手提げ袋からなにやら紙を取り出した。

 

どうも新聞折込のチラシみたいだ。

 

そのチラシの裏に、一所懸命メモをとってくれた。

 

足を向けては寝られないのである。

 

 

 

さて、こちらは足ではなく口のお話である。

 

桐矢連載20話である。

 


-------------------------------------------------

 

「口のない友達」20  口がない理由   桐矢 絹子

 


「大丈夫?」

 

チカとマリは、病院内の喫茶店で向かい合わせに座っていた。

 

「・・・・はい、なんとか」

 

マリは、腫れた目もとをハンカチで押さえながら答えた。

 

涙で流れたマスカラで目じりが黒ずんでしまい、目は真っ赤に充血している。

 

泣きすぎてでてきてしまったしゃっくりを、無理やりとめようとして息苦しそうだ。

 

「ひとりだけすべてわかってるような気になってたけど、

 

あたし、なんにもわかってなかった」

 

「そんなことないわ。これを理解しようとするのはとてもむつかしいことだと思う」

 

チカとマリの前にコーヒーが置かれ、それがゆっくりと空になるまで、

 

ふたりは黙って向かい合っていた。

 


唐突にマリは大きく鼻をすすると、

 

何かを吹っ切ったように鞄の中から長細い箱を取り出してチカの前にどんっと置いた。

 

「これ、お姉さんにあげます」

 

「え・・・・?」

 

マリに促されるままに箱を手に取りふたをあけると、そこには湯のみがあった。

 

この湯のみにも、見覚えがあるような・・・。

 

「いつか、おばあちゃんの口にあげようと思ってつくったんです」

 

だけど、さすがに何の説明もせずに、

 

ほぼ初対面の女子高生に手作りの湯のみを渡されても、

 

きっと気味悪く思われて受け取ってもらえないだろう。

 

そう思ったマリは、2個目の湯のみをずっと自分で保管していたのだった。

 

「・・・あなたはいつ、この口がおばあさんの口だと気づいたの?」

 

「2年前、偶然口のあるお姉さんを見かけたときです。

 

すぐに、おばあちゃんの口だと思いました」

 

「そのことは?」

 

「だれにも言ってないです。両親にも、だれにも」

 

この子はだれにも言えないことをひとりでずっと抱えてきたんだな、とチカは思った。

 

今まで、聞かされたくもないいろんな人の愚痴を、

 

口がないのがこれ幸いとばかりにうんざりするほど聞かされてきたチカだ。

 

だれにも言えないことをひとりで抱え込む辛さはよくわかっているつもりだった。

 

このことが、どれだけ彼女の心に重くのしかかっていただろう。

 

その度合いが小さいことを願うくらいのことしか、チカにできることはなかった。

 


「あの、聞いてもいいですか」

 

マリは、決心したように口を開いてはっきりとした口調でいった。

 

「どうぞ」

 

「どうしてお姉さんには、口がなかったんですか?」

 

チカは、すこし目を伏せて考え込むようにしたあと、ゆっくりと答えた。

 

「さあ・・・わたしにもよくわからないのよ」

 

一呼吸置いてから、今度はチカがマリに尋ねた。

 

「あなたは、どこも欠けてはいないの?」

 

「えっ・・・・・・・・」

 

「それに、どこも欠けているところがない人がいたとして、それは良いことなの?」

 

「・・・・・」

 

マリにはどちらの質問にも、答えることができなかった。

 

「やっぱりわからないわよね。

 

わたしもね、ずっと考えているのだけど、まだわからないの」

 

いつかわかるときがくるかしらね、と言って、お姉さんは優しく笑った。

 

そのときになって、お姉さんの口が、お姉さんによく似合っていることに

 

マリははじめて気がついた。

 

あの口は、おばあちゃんの口だった。

 

だけど、今はもう違うんだ。

 

マリは少しだけ嬉しいような悲しいような、不思議な気持ちになった。

 


「じゃあ、お元気で」

 

病院のロビーで、マリはチカを見送った。

 

きっともう会うことはないんだろうな。

 

マリは、なんともいえない寂しさを感じた。

 


イワサキ チカさん、

 

トルコキキョウのもうひとつの花言葉は、〈希望〉なんです。

 

チカさんにもあたしにも、希望が持てますように。

 


気分転換に売店をちょっとのぞいて、

 

少しだけ遠回りをしながらマリはおばあちゃんの病室に戻った。

 

そろそろと扉を開けて中に入り、音がしないようにゆっくりと扉を閉じた。

 

「おばあちゃん」

 

ベッドに向かってそっと声をかけたけど反応はない。

 

寝ているのかな。 ゆっくりと近づいて、

 

ベッドに横たわっているおばあちゃんの顔をうかがった。

 

「・・・・・おばあちゃん?」

 


ヨシヱおばあちゃんは、薄桃色のトルコキキョウを一輪にぎりしめて、逝った。

 

                              <続く>


-----------------------------------------------

 

最初から通読したい方は、
右欄「マイカテゴリ」の「桐矢絹子作品」をクリックしてください。


『妻のために生きる』好評発売中!!
ネット販売「e-hon@夢しょぼう」でどうぞ。


↓↓ランキング卒業しました。足跡記念にどうぞ。
広島ブログ  山口ブログ

コメント
rootさんがツイッターでぽつりとつぶやいたので

あ、shiozyさんの行き先は安芸高田だったんだぁ〜!って

ピンときました(^^)


桐矢さんの方は…

うるうる状態なのでコメントできません(;_;)
マリさんとチカさんはこれっきりなのか。。。
「どこも欠けていないの?」まじめに聞かれると答えに困りますね。
>「どこも欠けてないの」
これ 日々実感。桐矢さんとshiozy師匠はよく知っていらっしゃるのでこちらでは割愛。

「どこも欠けてないの」と同じような言葉で「フツーって何?」

おばあちゃん おじいちゃんのところへ 登ってったんだね。
おじいさんが照れくさそうに(憮然とした感じで)「来たか。まだ来んでもええのに」
「あら おじいさん 私にはおじいさんの気持ち透けて見えますよ。だって ここは 隠すことのできない世界ですもの」
・・・・と 勝手に妄想してみました♪

ラストチカちゃんの恋と マリの両親の話 期待しております。

  • はるめ
  • 2010/11/19 8:44 PM
チカちゃんが病室に来てくれたお陰で
ヨシヱおばあちゃんはマリちゃんにお礼の言葉を
きちんと伝えることが出来たのですよね

そして
薄桃色のトルコキキョウを一輪にぎりしめて逝った
おばあちゃんは
あの世でおじいちゃんと楽しく語りあってることでしょう

マリちゃんも、チカさんもおばあちゃんも
みんな優しい人ですね(涙)
  • のりたま
  • 2010/11/19 11:32 PM
アクビさん。レスが遅くなりました。ほほう、rootさんがつぶやいておりましたか。なんてつぶやいたのか気になるところですが、道に迷ったShiozyを「行方不明」と言ってませんでしたか。(笑)
  • shiozy
  • 2010/11/22 10:13 AM
辰あにい。こんにちは。「どこも欠けていないの?」「欠けてないのは良いことなの?」←このせりふに桐矢の成長があるように思えます。辰あにいの読み込みに拍手。
  • shiozy
  • 2010/11/22 10:14 AM
はるめさん。こんにちは。ヨシヱおばあちゃんは、おじいさんと会話を交わせているでしょうかね。この世と同じだったりするかもしれません。(笑)ラストチカちゃん、もうまもなく。乞うご期待。
  • shiozy
  • 2010/11/22 10:14 AM
のりたまさん。こんにちは。<希望>を握り締めて逝けたおばあちゃんは、大往生でしょう。さて、地上に残されたチカとマリの人生やいかに? 残り2話。どんな結末が待っているのでしょうか。お楽しみに。
  • shiozy
  • 2010/11/22 10:15 AM
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>

shiozyの愛飲焼酎はこれ。

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM