<口がない理由>

  • 2010.11.19 Friday
  • 12:09


昨日は、安芸高田市高宮で「福寿大学」の講演だった。

 

安芸高田市での講演は、これで4回目である。

 

吉田、美土里、高宮、高宮と続いている。

 


実は、講演依頼というのはおもしろいもので、

 

同じ市町からは連続しては来ないものなのだ。

 

「去年、あの人の話は聞いたから別の人を呼ぼう」

 

こう考えるからだ。

 

これまで、二年連続で呼んでいただいたのは、

 

東広島市と海田町のふたつだけだった。

 

しかるに、安芸高田市は4回である。

 

足を向けては寝られないのである。

 


「福寿大学」であるから、もちろんお年寄り向けの講座である。

 

最前列に坐った90歳近くのおばあちゃん。

 

話が佳境に入って、手提げ袋からなにやら紙を取り出した。

 

どうも新聞折込のチラシみたいだ。

 

そのチラシの裏に、一所懸命メモをとってくれた。

 

足を向けては寝られないのである。

 

 

 

さて、こちらは足ではなく口のお話である。

 

桐矢連載20話である。

 


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「口のない友達」20  口がない理由   桐矢 絹子

 


「大丈夫?」

 

チカとマリは、病院内の喫茶店で向かい合わせに座っていた。

 

「・・・・はい、なんとか」

 

マリは、腫れた目もとをハンカチで押さえながら答えた。

 

涙で流れたマスカラで目じりが黒ずんでしまい、目は真っ赤に充血している。

 

泣きすぎてでてきてしまったしゃっくりを、無理やりとめようとして息苦しそうだ。

 

「ひとりだけすべてわかってるような気になってたけど、

 

あたし、なんにもわかってなかった」

 

「そんなことないわ。これを理解しようとするのはとてもむつかしいことだと思う」

 

チカとマリの前にコーヒーが置かれ、それがゆっくりと空になるまで、

 

ふたりは黙って向かい合っていた。

 


唐突にマリは大きく鼻をすすると、

 

何かを吹っ切ったように鞄の中から長細い箱を取り出してチカの前にどんっと置いた。

 

「これ、お姉さんにあげます」

 

「え・・・・?」

 

マリに促されるままに箱を手に取りふたをあけると、そこには湯のみがあった。

 

この湯のみにも、見覚えがあるような・・・。

 

「いつか、おばあちゃんの口にあげようと思ってつくったんです」

 

だけど、さすがに何の説明もせずに、

 

ほぼ初対面の女子高生に手作りの湯のみを渡されても、

 

きっと気味悪く思われて受け取ってもらえないだろう。

 

そう思ったマリは、2個目の湯のみをずっと自分で保管していたのだった。

 

「・・・あなたはいつ、この口がおばあさんの口だと気づいたの?」

 

「2年前、偶然口のあるお姉さんを見かけたときです。

 

すぐに、おばあちゃんの口だと思いました」

 

「そのことは?」

 

「だれにも言ってないです。両親にも、だれにも」

 

この子はだれにも言えないことをひとりでずっと抱えてきたんだな、とチカは思った。

 

今まで、聞かされたくもないいろんな人の愚痴を、

 

口がないのがこれ幸いとばかりにうんざりするほど聞かされてきたチカだ。

 

だれにも言えないことをひとりで抱え込む辛さはよくわかっているつもりだった。

 

このことが、どれだけ彼女の心に重くのしかかっていただろう。

 

その度合いが小さいことを願うくらいのことしか、チカにできることはなかった。

 


「あの、聞いてもいいですか」

 

マリは、決心したように口を開いてはっきりとした口調でいった。

 

「どうぞ」

 

「どうしてお姉さんには、口がなかったんですか?」

 

チカは、すこし目を伏せて考え込むようにしたあと、ゆっくりと答えた。

 

「さあ・・・わたしにもよくわからないのよ」

 

一呼吸置いてから、今度はチカがマリに尋ねた。

 

「あなたは、どこも欠けてはいないの?」

 

「えっ・・・・・・・・」

 

「それに、どこも欠けているところがない人がいたとして、それは良いことなの?」

 

「・・・・・」

 

マリにはどちらの質問にも、答えることができなかった。

 

「やっぱりわからないわよね。

 

わたしもね、ずっと考えているのだけど、まだわからないの」

 

いつかわかるときがくるかしらね、と言って、お姉さんは優しく笑った。

 

そのときになって、お姉さんの口が、お姉さんによく似合っていることに

 

マリははじめて気がついた。

 

あの口は、おばあちゃんの口だった。

 

だけど、今はもう違うんだ。

 

マリは少しだけ嬉しいような悲しいような、不思議な気持ちになった。

 


「じゃあ、お元気で」

 

病院のロビーで、マリはチカを見送った。

 

きっともう会うことはないんだろうな。

 

マリは、なんともいえない寂しさを感じた。

 


イワサキ チカさん、

 

トルコキキョウのもうひとつの花言葉は、〈希望〉なんです。

 

チカさんにもあたしにも、希望が持てますように。

 


気分転換に売店をちょっとのぞいて、

 

少しだけ遠回りをしながらマリはおばあちゃんの病室に戻った。

 

そろそろと扉を開けて中に入り、音がしないようにゆっくりと扉を閉じた。

 

「おばあちゃん」

 

ベッドに向かってそっと声をかけたけど反応はない。

 

寝ているのかな。 ゆっくりと近づいて、

 

ベッドに横たわっているおばあちゃんの顔をうかがった。

 

「・・・・・おばあちゃん?」

 


ヨシヱおばあちゃんは、薄桃色のトルコキキョウを一輪にぎりしめて、逝った。

 

                              <続く>


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<不思議な語らい>

  • 2010.11.10 Wednesday
  • 21:36


不肖Shiozyは、人を誉めるのが苦手ある。

 

どちらかというと、

 

貶し(けなし)怒り叱咤激励し、

 

それでも突き放すタイプである。

 

いわば、子供を崖から突き落とす親ライオンなのである。

 


桐矢は弟子入り9ヶ月になろうとする。

 

書いてきた文章をギタギタに切り裂いて順列を逆転させ、

 

文書量を三分の一に圧縮し、それでもOKを出さない。

 

こんな過酷な修行に耐えてきた桐矢なのだが、

 

最近はごく一部の語彙を修正するだけにまで成長した。

 

まあ、安心して読めるわけだ。

 


苦節9ヶ月。

 

親ライオンの役割もそろそろ卒業かもしれない。

 

この小説も大団円を迎えようとしているこの時期に、

 

初めて誉めてみるのである。

 


誉めても食らいついてくるのか桐矢絹子。

 

桐矢連載19話である。

 


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「口のない友達」19  不思議な語らい   桐矢 絹子

 


やっぱり来なければよかった。

 

チカは、自分のとっさの判断を悔やんでいた。

 

あのとき、変な情け心を持ちさえしなければ、

 

今ここでこんな葛藤をしなくてもよかったはずだった。

 

目の前のベッドに、口のない衰弱したおばあさんが横たわっている。

 

この病室にチカを連れてきたマリが、

 

「おばあちゃん」と軽く肩をさすりながら声をかけると、

 

そのおばあさんはゆっくりと目を開けて

 

そこに見知らぬ女性が座っていることを認めた。

 


「こんにちは」

 

チカはひかえめな声で目を覚ましたばかりのヨシヱおばあさんにあいさつした。

 

「これ、お好きだと伺ったので」と、

 

薄桃色のトルコキキョウと黄緑色のプブレリュームのちいさな花束を、

 

そっと差し出した。

 

おばさんは嬉しそうに目を細めて、枕もとの台に置いてある湯のみをみつめて、

 

それから視線をマリに移した。

 

マリはうなずいて、チカから花束を受け取り、

 

病室の隅にある洗面台で湯のみに花を挿した。

 

チカには、その湯のみに見覚えがあった。

 

心臓を素手でぎゅっと握られたような痛みを感じて、とっさにつばを飲んだ。

 

入りきらなかった花を長細いガラスの花瓶に生け、

 

それらを枕もとの台の上に置くマリに対して、

 

これまでのように割り切った気持ちでいることは、

 

チカにはもうできなくなっていた。

 


「トルコキキョウには、〈よい語らい〉という花言葉があるのですよ・・・・」

 

チカの口はつぶやいた。

 

「へえ。お姉さんは物知りですね。それ、むかしおばあちゃんに教えてもらいました」

 

「・・・・今しゃべったのは、わたしじゃないわ」

 

一年ぶりに口がしゃべった。

 

今、目の前のおばあさんが、わたしについているこの口を使っている。

 

「え・・・?それってどういう・・・」

 

「マリちゃん、この人に謝りなさい。こんなところまで連れてきてしまって・・・」

 

「・・・お姉さん、何言ってるの?」

 

マリは怪訝そうな顔をしてチカをみた。

 

目に、動揺と、怒りの色がみえる。

 

「・・・・マリちゃん、いろいろありがとう。でも、もういいんだよ・・・・」

 

「やめてよ!お姉さん、そんなやり方は卑怯だよ!!」

 

チカは、ふーっとゆっくりため息をついた。

 

この状況を理解しろというほうが無理だ。

 

それに、この時チカは決心していた。

 


「おばあさん、あなたにこの口をお返しします」

 

チカは、おばあさんの目をじっとみつめていった。

 

「あなたが口をくださったおかげで、

 

わたしはいままで知らなかったことをいろいろと知ることができました。

 

わたしには、それだけで十分です。

 

これ以上、あなたの命を犠牲にしてまで口を使い続けるわけにはいきません。

 

そんなの耐えられない」

 

おばあさんはゆっくりと首をふって、

 

そろりそろりと筋ばってほっそりとした手をチカに向けて伸ばした。

 

チカはあわててその手を両手でふわりと包んだ。

 

「だめですよ・・・ないと、あなた困るでしょう・・・」

 

「このままおばあさんに死なれてしまったほうが、よっぽど困ります」

 

「わたしはもういいんですよ・・・」

 

「わたしがよくないんです」

 

ひとりの口から発せられるふたりの会話を、マリはただ突っ立ってみつめていた。

 

目の前で手を取りあったふたりのこの奇妙なやりとりを、

 

どうにかして受け入れようと必死に頭の中が動いているのがわかる。

 

だけど、それでいて思考は完全に停止してしまっていた。

 

落ち着け、落ち着け、考えなければ、受け入れなければ、

 

そんな言葉が、マリの頭の中にただ虚しく浮かんでいた。

 


「・・・・もういいよ」

 

マリはぼそりとつぶやいた。

 

「もうわかったよ。・・・・あたしが余計なこと、しちゃっただけなんだ」

 

そういうと同時に目から大粒の涙が溢れてきて、マリの視界をぼんやりと滲ませた。

 

この、初対面であるはずのおばあちゃんとお姉さんの間に、

 

口の受け渡しによってお互いへの思いやりのような気遣いのようなものが

 

うまれているなんて。

 

そんなこと、まったく想像すらしていなかった。

 

自分がおばあちゃんの一番の理解者だと自惚れていたことを、

 

たった今、思い知らされた。

 

頭が重い。くらくらする。

 

うしろから突然、おもいきり頭を殴られたような気分だった。

 

マリは、どうしようもない疎外感を感じていた。

 


「・・・・マリちゃん・・・・」

 

おばあさんのつぶらな瞳が、まっすぐにマリをみつめていた。

 

「ありがとうマリちゃん・・・ありがとう・・・・」

 

チカについている口は、何度も何度も、

 

マリちゃんありがとう、と言った。   <続く>

 


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<ゆずれない想い>

  • 2010.11.04 Thursday
  • 13:18


次の日曜日(7日)は過密スケジュールである。

 

朝から団地掃除をこなし、ミヤカグイベントに馳せ参じる。


小一時間過ごしたあと、昼からは「ブックスひろしま2010トークイベント」だ。

昼飯はいつ食べるのだ?という不安を抱えながらの強行軍である。

 

強行軍ではあるものの、どれも楽しみなイベントである。

 

楽しみだから、「予習」をするのである。


--------------------------------------------
 
 『見延典子 作家入門講座』
 〜「もう頬杖はつかない」「頼山陽」の著者が語る作法〜
 
  11月7日(日) 13:00〜14:30 (開場12:30)
  会場 まちづくり市民交流プラザ 北棟5階研修室C
       広島市中区袋町6番36号
  参加費用 1000円
--------------------------------------------

 

↓↓予習中の見延作品二点ね。

【画像:462918.jpg】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日読んだエッセー集「頼山陽にピアス」のなかに

 

私のブログと同じネタがあった。

 

ふむふむ、わしのブログと見延エッセー、どっちが面白いかのう?

 

などと、たわけた妄想に浸ったのであった。

 

タイトルは「武士の家計簿」である。


いつか両方並べてアップしてみようかしらん。。。

 

 


妄想ふくらむShiozyはさておいて、

 

佳境を迎えつつある桐矢作品である。

 

桐矢連載18話なのだ。

 


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「口のない友達」18  ゆずれない想い   桐矢 絹子

 


「突然すいませんでした」

 

「ほんとに。かなりびっくりしたわよ。

 

まさかあなたが辻本さんだったなんてね」

 

そのまま立ち話で済ませるわけにもいかず、チカはマリを部屋へ入れた。

 

マリは大学1年生になっていた。

 

高校卒業と同時に髪を明るい色に染め、

 

服装も前よりずっと大人っぽいものになっていたため、

 

ぱっと見ただけではチカには判別ができなかった。

 

自分の焼いたカップに紅茶を注ぎ、マリの前に置いた。

 

「お姉さんは、陶芸まだ続けているんですか?」

 

「いいえ。1年前にやめちゃったの」

 

河辺さんと付き合いだして、無理して何かに集中しなくてもよくなったから、

 

とチカは頭のなかで続けた。

 


「つまり、この口は、あなたのおばあさまのものなのね」

 

「そうです」

 

「そのおばあさまが老衰で弱ってしまって危険な状態。

 

口があれば、回復するのではないかと」

 

「はい」

 

チカは、しずかにふーっと深いため息をついた。

 

返して欲しいなら、返して欲しいとこの口は自分でいうだろう。

 

だけど、なにも言わない。

 

ここ1年、口はまったく意思表示をしなかった。

 

きっとおばあさんは、口を返して欲しいとは思っていないのだ。

 

だけど、はたしてどうやったらそれを的確に彼女に伝えることができるだろう。

 

起こったことをありのままに説明したって、

 

そんなこと信じてもらえないに決まっている。

 

それに、もうひとつ気がかりなことがあった。

 

チカは、こんな大きな問題を突然ぶつけてきたマリに、

 

すこし意地悪をしてやりたいような気分になった。

 


「あなた、彼氏はいる?」

 

不意打ちのような質問に、マリはきょとん、としながらも

 

「あ、はい一応」と答えた。

 

「いつから?」

 

「大学に入って、ちょっと経ってからです。」

 

「それが初めて付き合う人?」

 

「いえ・・・。初めて付き合ったのは、中3のときです。

 

でも、高校が離れて自然消滅しました」

 

「そう・・・」

 

チカは、マリに対して軽い嫉妬のようなものを感じていた。

 

自分にとって諦めるしかなかったことを、

 

ごく当たり前のことのように言った彼女に腹が立った。

 

きっとこの子には友達もたくさんいるのだろう。

 

その上、自ら望んで口を手放したおばあさんまで助けたいから口を返せだなんて、

 

なんて自分勝手で欲張りなんだろう。

 


「わたしもね、付き合っている人がいるの」

 

「あ、そうなんですね」

 

マリはにこっと微笑んだ。

 

「彼のご両親にあって欲しいと言われているのだけれど・・・・

 

あなたに口を持っていかれてしまったら、きっと破談ね」

 

マリが息を止めたのがわかった。

 

あなたの願いは、わたしを不幸にするものなのよ、

 

とチカに言われていることにようやく気がついたのだ。

 

黙ったままうつむいてしまった。

 


長い沈黙が続いた。

 

「・・・・・・・すみませんでした・・・・」

 

ようやく聞きとれるくらいのちいさな声で、うつむいたままマリはつぶやいた。

 

「勝手なこといって、すみませんでした」

 

帰ります、といって下をむいたまま立ち上がり、

 

鞄をわしづかみして部屋を出て行こうとしたマリを、

 

このまま帰してもよいのだろうかと考えたチカは、

 

ちょっと待って、と呼び止めていた。

 

「・・・・・・おばあさんに会わせてもらえる?」   <続く>

 


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<それぞれのブルーあるいはグレイ>

  • 2010.11.01 Monday
  • 11:52


土曜日はフードフェスティバル。

 

日曜日は団地芋ほり大会。

 

↓↓これね。

【画像:461957.jpg】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


キャッチボール仲間のボクが持っているイモは、はるめさんよりのもらい物。
我が団地のイモはこの五分の一でしたあああ。

 


食欲の秋を満喫したあとは、

 

読書の秋といきましょうか。

 

ということで、恒例☆桐矢連載17話である。

 


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「口のない友達」17 それぞれのブルーあるいはグレイ  桐矢 絹子

 


「かなり弱ってきていらっしゃいます。

 

そろそろ、覚悟をしておられたほうがよいかもしれません」

 

だめだよ。そんなのは、だめよ。このままじゃいけない。

 

・・・・・あたし、探さなきゃ・・・・。

 

 

「うちの両親に会ってくれないか」

 

「・・・・・」

 

「チカ?」

 

「ううん。うれしいの。うれしいんだけど、でも・・・・・」

 

「なにが心配?」心配ごとというと、ひとつしかありません。

 

「・・・・わたし、もともとは口がなかったから・・・。

 

あなたのご両親に気に入ってもらえるかどうか・・・」

 


すこし時間をおいて、彼はいいました。

 

「実は、両親にはもう話したんだ。チカに口がなかったこと」

 

一瞬にして不安が頭の中も心の中も覆いつくしてしまい、

 

さーっと血の気が引くのを感じました。

 

「そんな顔しないで。うちの親はわかってくれたよ。

 

だから、会ってもらいたいんだ」

 

「でも・・・」

 

「口がなかったのは今までのこと。

 

これからはあるんだ。だからなにも問題ないじゃないか」

 

わたしは思い切って、今まで気になっていたけど聞けなかったことを聞いてみました。

 

「わたしに口がないままだったら、河辺さんはわたしと付き合わなかった?」

 

「河辺さん」と呼ぶのはやめて、下の名前で呼んで、何度もそう言われたけど、

 

恥ずかしくてどうしてもそれはできないままです。

 

付き合って1年も経つのに、

 

わたしはずっと河辺さんのことを「河辺さん」と呼んでいました。

 


「チカのことは、口がないときからいいなと思ってた。

 

でも、正直に言うと、口がないままだったらやっぱり付き合うのはためらったと思う」

 

本音を言ってくれた彼に誠意を感じました。

 

でも、やっぱりその答えは哀しい。

 

できれば、うまく誤魔化して答えて欲しかった。

 

なんて、わがままでしょうか。

 

それに、口がない時からいいと思ってくれていたとしても、

 

口を手に入れてから付き合うまで1年空いている。

 

また口がなくならないかどうか様子をみていたのかしら。

 

などという考えも浮かんできてしまう自分がイヤになります。

 

「返事は待つよ。よく考えてみて欲しい」

 


こういう時です。

 

やはり自分はもともと口がある人とは違うのだと思い知らされるのは。

 

最初からわたしに口がありさえすれば、

 

こんなときはなんの心配もせずに、幸せな気分にどっぷりと浸って、

 

たとえば真剣に世界の平和だって願うことができるのに。

 


「あの、イワサキ チカさんですよね?」

 

「はい?」

 

アパートのドアの前でカギを探していると、女の子に声をかけられました。

 

どこかで会ったことがあるような気がするけど・・・・。

 

「お願いします。口を返してください。

 

このままじゃ、おばあちゃんが死んでしまう」

 

辺りがぐらり、と大きく揺れました。

 

ほらね。

 

わたしに世界の平和を願う余裕なんて、すこしも与えられていないのよ。  <続く>

 


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<いやがる口>

  • 2010.10.27 Wednesday
  • 23:45


「口のない友達」を二話連続掲載しよう。  と書いたのに、

 

忘れてしまいそうになったShiozyである。(汗)

 

深夜12時前に思い出して、あわてて更新したのである。

 

ふぅ、なんとか間に合って安堵するShiozyなのである。

 

それではお休みなさい。

 


桐矢連載16話。

 

突然物語が動き出したような。。。

 

エンディングへ向けてどう展開していくのか。

 


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「口のない友達」16  いやがる口   桐矢 絹子

 


「いやなの?」

 

だれに話しかけているのか、自分でもよくわかりませんでした。

 

「ねえ、答えてよ。そうなんでしょう?」

 

しばらくの間、沈黙が続きました。

 

わたしは呼吸を整えながら、じっと待ちました。

 

「・・・・そうですよ・・・」

 

思わず息を飲みました。

 

いま、しゃべったのはわたしじゃない。

 

「・・・あなたはだれ?」

 

答えは聞かなくてもわかりました。

 

だけど聞かずにはいられなかった。

 

「・・・・口ですよ。あなたの前の人のね」

 


今までにも、口が勝手に動いてしまうことは何度かありました。

 

でも、ただ動いただけ。

 

以前の人の癖がそうだったのかなという、その程度のものでした。

 

今回はわけが違う。

 

口が、はっきりと意思表示をしている。

 


「あなたはどんな人だったの?」

 

「・・・・知らないほうがいいとおもいますよ」

 

変な気分だった。

 

わたし、口と会話してる。

 

口は、無口です。

 

聞いたことに時間をかけてゆっくりと答えるだけで、

 

自発的にわたしに問いかけるというようなことはありませんでした。

 

不安とイライラで頭がどうかなってしまいそう。

 

いえ、もしかしたらもうなっているのかもしれない。

 

指先が震えていることに気がついて、手をぎゅっと強く握りしめました。

 

ここで崩れ落ちてしまうとわたしの負けだ。

 

そう思い、ひざと足の裏に力を込めました。

 

どれくらい、鏡に映った自分の口をみつめていたでしょう。

 

この、しずかで奇妙な時間の流れをさえぎったのは、わたしでした。

 


「ねぇ、聞いてください。わたし、あなたには本当に感謝してるんです。

 

あなたから口をもらったおかげで、わたしは普通の人と変わらない生活が

 

できるようになりました。あなたのおかげです。

 

でも、いまこの口は、もうわたしの口なんです。

 

どうか完全なかたちでわたしに使わせてください。

 

お願いします」

 


しばらく待ったけれど、口は動きません。

 

のどに乾きを覚えました。

 

不安が募り、涙交じりの声で哀願するように自分の口にいいました。

 

「わたし、あの人が好きなの。おねがい。邪魔しないで」

 

口はなにも言いませんでした。

 

 

 

「河辺さん、いろいろすみません」

 

「ん?なにが?」

 

言えない。

 

口が前の持ち主の意識を持っているみたいだなんて、

 

そんなこととても言えません。

 

やっぱりわたしは口のない人間なんだと、思われてしまう。

 

それだけは、絶対にいやです。

 

「・・・わたし、男の人と付き合うのはじめてで。だから緊張してしまって」

 

「わかってる」

 

ごめんなさい河辺さん。   <続く>

 


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<はじめてのキス>

  • 2010.10.26 Tuesday
  • 17:00


タイトルを見て、Shiozyの初キッスか、と誤解しないように。。。

 

桐矢連載15話である。

 


「口のない友達」のエンディングに悩んでいた桐矢であるが、

 

ここにきて一気に数編を提出してきた。

 

エンディングが見えたのであろうか。

 

桐矢の追い込みに敬意を表して、今日明日と二話連続掲載しよう。

 


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「口のない友達」15  はじめてのキス   桐矢 絹子

 


河辺さんはわたしの口にそっとキスをしました。

 

次の瞬間、ドン、という音がしました。

 

河辺さんはうしろの壁に背中をぶつけ、うっ、と苦しそうな声をだしました。

 

「・・・・え?え?」

 

わたしはなにが起こったのか理解できず、ただ自分の手をみつめていました。

 

手のひらが熱い。

 

「・・・・ごめん」

 

河辺さんは申し訳なさそうな顔をして背中を押さえています。

 

「いえ、ちがいます、ちがいます!わたし・・・初めてで・・・・でも・・・」

 

わたしが河辺さんを突き飛ばした。

 

そんなことするつもりなんて全然なかったのに、どうして・・・?

 

自分のからだが自分のものじゃないような感覚がよぎり、目眩がしました。

 

「ちがうんです・・・」

 

涙が混じり、最後のほうは言葉になりませんでした。

 

しばらくの沈黙のあと、ふーっと息をはいて河辺さんが口を開きました。

 

「ちょっと急すぎたかな。初めてなのに、ごめんな」

 

「いいえ、わたしこそすみません」

 

「帰ろうか。家の近くまで送るよ」

 


河辺さんを突き飛ばしてしまうなんて・・・。

 

キスしてくれて、うれしかったのに。どうして・・・。

 

自分の行動が理解できず、動揺がおさまりませんでした。

 

河辺さんはわたしをアパートの前まで送ってくれて、

 

「じゃあ、また明日会社で」といって帰っていきました。

 

「・・・どうしよう・・・」

 

どう思っただろう。嫌われてしまったかしら。

 

はじめてだったから、からだが過剰に反応したのかもしれない。

 

きっとそう。ごめんなさい河辺さん。

 

わたし、河辺さんに嫌われたくない。

 


「昨日は本当にごめんなさい」

 

残業終わりに河辺さんがご飯を食べて帰ろうと誘ってくれて、

 

わたし達は会社からすこし離れたパスタ屋さんで一緒に夕食を食べました。

 

車で家の近くまで送ってもらい、わたしは車を降りる前にもう一度河辺さんに謝りました。

 

「もう気にしてないから、そんなに何度も謝らなくていいよ」

 

「あ、・・・すみません」

 

「また謝った」

 

「あっ・・・」

 

河辺さんは笑い、その口がにいっと横に伸びました。

 

この人の口、好きだなぁ。

 

わたしはぼんやりとそう思いました。

 

もう一度、キスしてみたいな。

 

でも、自分からキスして欲しいなんてとてもそんなことは言えません。

 

それに、また突き飛ばしてしまったら、今度こそ嫌われてしまう。

 

河辺さんはいつの間にかわたしをじっとみつめていました。

 

心の中が見透かされてしまうんじゃないかと思えて、目をそらした瞬間、

 

河辺さんはわたしの口に軽くキスをしました。

 


「よかった、今日は突き飛ばされなかった」

 

「・・・・はい」 本当だ、何も起きなかった。

 

「よかったです」

 

 

よかった。やっぱり初めてだから過剰に反応しただけなのね。よかった。

 

ジャーッと勢いよく水が流れる音がします。

 

いつの間にかわたしは、バスルームの鏡の前で

 

ごしごしと何度も何度も口を洗っていました。

 

力が強すぎて、口が痛い。

 

無理やり口から自分の手を引き離すと、

 

あたり一面に勢いよく水しぶきが飛び散りました。

 

前髪もびしょ濡れで、

 

顔にはりついた髪の毛から頬をつたって水がしたたり落ちています。

 

はあはあと肩で息をしながら、鏡に映った自分の顔をみつめました。

 

もしかして・・・・・・。

 

もしかして、口がいやがっている?   <続く>

 


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<口のないイワサキさん>

  • 2010.10.21 Thursday
  • 08:57


桐矢連載第14話。

 

今日明日は周南市へ連続出張である。

 

こういうときに限って、ネタが豊富である。

 

本来なら、ここには桐矢連載の前説を書くべきなのだが、

 

今日は緊急避難的に<告知>である。

 

社会派映画ファンの方に、チケットプレゼントである。


↓↓こんな映画ね。

【画像:457865.jpg】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆映画「クロッシング」上映会
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

10月29日(金)14:00〜 16:15〜 18:30〜
広島市西区民文化センター スタジオ(横川駅すぐ)
前売り1000円 当日1300円
主催/映画「クロッシング」を見る会

 

北朝鮮脱北者の実情を緻密な取材にもとづき細部までリアルに描写。
韓国では二〇〇八年に公開され数々の賞に輝いた話題作だが、
日本では上映されず「幻の映画」となっていた。
関係者が正式契約し、一年以上かかって今年の春、日本公開が実現。

http://www.crossing-movie.jp/ ←予告編が流れます。

 

「火山高」「彼岸島」のキム・テギュン監督が、脱北者の過酷な現実を描く社会派ドラマ。
北朝鮮の炭鉱町に住む元サッカー選手のヨンスは、妻ヨンハと11歳の息子ジュニとともに、
貧しいながらも幸せな日々を送っていた。
しかし、ヨンハが肺結核に倒れ、ヨンスは治療薬を手に入れるため中国へ向かう。
決死の覚悟で国境を越えたヨンスは、必死に働いて薬を手に入れようとするが、
北朝鮮では夫の帰りを待ちながらヨンスが静かに息を引き取る。
孤児となってしまったジュニは、父との再会を信じて国境を目指すが……。

 

鑑賞後、テレビから流れる北朝鮮の見方が変わるはず。
つまり僕らの「現実」を揺るがす傑作  松江哲明(ドキュメンタリー監督)

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10月29日(金)は定期便@周南市勤務なので、

 

私は観に行けないのである。

 

なので代わりに見に行ってほしいのである。

 

社会派映画好きの方、

 

北朝鮮の実態に興味がある方、

 

思い切り泣いてみたい方、

 

そんな方々にプレゼントしたいのである。

 

ご希望の方はShiozyの下記メールへ。 <先着5名様>
(チケット希望と書いてください)

 

shiozy@3kan.net

 

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「口のない友達」14  口のないイワサキさん   桐矢 絹子

 


あたしはイワサキさんがうらやましい。

 

そりゃあ最初はびっくりした。

 

でも、彼女をみて驚かない人はきっといない。

 

その部分はかわいそうというか、大変だろうなって思う。

 

高校で一緒のクラスになった。

 

入学式では、彼女に気づいてまじまじと見たり、

 

びっくりして声を上げた人がほとんどだった。

 

だけど彼女は平静を保っていた。

 

きっとそうされることに慣れているんだ。

 

クラスに入ったあともそうだった。

 

いろんな人が遠巻きに彼女をみてたけど、話しかける人はだれもいなかった。

 

どう接していいかわからなかったのもある。

 

でもなにより、

 

イワサキさんにはあたしたちがまったく見えていないようにみえたから。

 

ひとりだけ、違うところにいるような、話かけたら怒られてしまいそうな、

 

そんな気がした。

 


「あのヒトってどうやって生きてるの?」

 

高校に入ってから仲良くなった、同じグループのタエが言った。

 

あたしはこのクラスで5人の女の子とつるんでいる。

 

派手な子が2人にフツウな子があたしを含めて3人。

 

だいたい休憩中は5人でいる。

 

中心にいるのはタエと、カオリだった。

 

タエはいつも明るくて物怖じしない。

 

一緒にいるにはいいけど、敵にまわしたくはないタイプだ。

 


「光合成してますか?とかぁー?」

 

タエとカオリがイワサキさんのことを楽しそうに話している。

 

たまたま目に入ったから言ってみただけなんだろうけど、

 

そんなことわざわざ聞こえるように言わなきゃいいのに。

 

「ちょっとぉ聞こえるよー」

 

あたしは冗談っぽくそういうのが精一杯だった。

 

あたしはそんなこと思ってないよ。

 

イワサキさんに今の会話、聞こえてないといいな。

 


イワサキさんはとても細かった。

 

そして透き通るような白い肌をしていた。

 

ご飯はどうやって食べるんだろう。

 

トイレには行くのかな。いろいろ気になった。

 

でも、そんなことを聞く勇気はなかった。

 

最初はみんな興味津々だったけど、

 

そのうちクラスに口のない女の子がいることに慣れてしまった。

 

イワサキさんも、あたしたちのことなんてどうでも良かったんだと思う。

 

自分から関わろうなんていっさいせずに、いつも問題集ばかり解いていた。

 

将来の夢とか希望とかそんなのまだ全然わからなくて毎日ただ学校に通い、

 

暇つぶしにどうでもいい話をして笑っているあたしのことなんて、

 

きっとバカにしてるんだろうなって、なんとなくそう思った。

 


「あんた最近また太ったんじゃない?」

 

タエがあたしをじろじろみながらそういった。

 

「あー、そうかも。最近ちょっと食欲旺盛でさ」

 

あたしはタエと合わない。だけどひとりになるのはイヤ。

 

タエに嫌われるのも怖い。

 

そのストレスでばくばくと食べてしまう。

 

頬にまばらにできたニキビも気になって、ついついさわってしまって悪化していた。

 

「友達だから言ってあげるけど、そのまま食べ続けたらヤバいんじゃない?」

 

「あーやっぱりそう思う?でも、ガマンするとますます食べたくなっちゃってぇ」

 

「少しは気にしたほうがいいよ」

 

タエの言葉はいつもストレートに心臓に突き刺さる。

 


イワサキさんには口がない。

 

それは、不幸だなって思う。

 

だけど口が無ければわざわざ話しをしようとしなくていいし、

 

愛想笑いもしなくていい。

 

イワサキさんと友達になりたいな。

 

でも、あたしみたいなデブでなんのとりえもない人間になんか関わりたくないよね。

 

あーあ、イワサキさんがうらやましいなぁ。    <続く>


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<もうひとつの湯のみ>

  • 2010.10.07 Thursday
  • 09:15


桐矢連載第12話。

 

Shiozyブログが桐矢ブログに変身しつつある今日この頃。

 

ブログが乗っ取られるという前代未聞の出来事に、

 

「しっかりせいよ」と自分を叱咤激励しているShiozyである。

 

「桐矢ブログでいいよ」という読者さんの声は

 

聞こえない振りをするのである。

 

実際、Shiozyの右の耳は聞こえないのである。

 


先週「大江健三郎講演会」に行ったが、

 

何を言っているのかほとんど聞き取れなかったのである。

 

「聞く耳を持たない」頑固オヤジになりつつあるのである。

 

 

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「口のない友達」12  もうひとつの湯のみ   桐矢絹子

 

 

「あら、こんにちは」

 

先に気づいて、お姉さんは声をかけてきてくれた。

 

「あ、お姉さん。こんにちは」

 

「あなたもこの教室に通いはじめたの?」

 

「あ、いいえ、そういうわけでは無いんです。

 

ただ、もうひとつ作りたいものができて」

 

 

 

「いどのまわりで おちゃわんかいたの だあれ」

 

マリはびっくりして、お姉さんの顔を見つめた。

 

「あ、ごめんなさい。まだ慣れてなくて。

 

たまに口が勝手に動くのよ。

 

前の人の口ぐせかしらね」

 


気のせいだろうか。

 

マリには、おばあちゃんの口が自分に反応したように思えた。

 

「あら、そういえば、今日はびっくりしなかったね」

 

「あ、はい。大丈夫です。

 

なんだか前から口があったみたいにぜんぜん違和感ないです」

 

「正直なあなたにそういってもらえるとうれしいな。

 

今日は何をつくるの?」

 

「湯のみです」

 

湯のみが好きなんだね、と言ってお姉さんは笑った。

 

「今度は自分用?」

 

「あ、いいえ、これもプレゼントです」

 

「そうなんだ。よろこんでもらえるといいね」

 

「はい。よろこんで欲しいです」

 


この湯のみはね、おばあちゃんの口にあげるの。

 

つまり、「イワサキ チカ」さん、あなたにね。

 

マリは心の中でつぶやいた。   <続く>

 


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<だれにも言わない>

  • 2010.10.03 Sunday
  • 09:12


桐矢連載第11話。

 

更新が半日遅れて叱られそうな按配のShiozyである。

 

なぜ叱られるかというと、

 

自信作の章なので早く読んでほしいと思っているのに、

 

Shiozyが更新してくれないからである。

 

だから、団地掃除を途中でさぼって更新するのである。

 

団地の人からも叱られるのである。。。

 

 

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「口のない友達」11  だれにも言わない   桐矢絹子

 


おばあちゃんは縁側に座って庭を眺めていた。

 

おばあちゃん、と声をかけると、目を細めて手招きした。

 

となりに座ると、庭でつんだ小さな赤い花を

 

あたしがあげた湯のみに挿しているのを見せてくれた。

 


 これ愛用しているよ。ありがとうね、マリちゃん

 

メモ帳にそう書いてみせてくれた。

 

「おばあちゃん、不便なことはない?」


 なんにも不便なことはないよ

 

 おばあちゃんにはね、今まで見えなかったことがいろいろあるって

 

 わかるようになったんだよ


そう書いたメモ帳をあたしに渡して、おばあちゃんは台所へいった。

 

お茶を入れて再び縁側に戻ると、

 

入ったばかりの温かいお茶をそっとあたしの近くに置いてくれた。

 

お盆の中の包みに入ったお菓子を指差し、

 

 このお菓子は甘くておいしいよ

 

と書いた。

 

あたしのために用意してくれているいつものお菓子だった。

 

「・・・おばあちゃん、あたしおばあちゃんに言ってないことあるんだ」

 


おばあちゃんは なあに? という風に首をかしげてあたしをみた。

 

「おばあちゃんがいない時にね、いつも病室でおじいちゃんと、

 

おばちゃんのことを話してたんだよ。

 

いけないと思いつつもついつい辛く当たってしまうって、おじいちゃんよく言ってた。

 

いまさら謝ることもできないって。

 

おばあちゃんは優しいから、甘えてしまうんだって。

 

黙ってついてきてくれて感謝してるって、いつも言ってたよ」

 


おばあちゃんはこくりこくりと頷きながら聞いていた。

 

すこし向こう側に顔を傾けてしまって、

 

あたしには今おばあちゃんがどんな顔をしているのかは見えない。

 

きっとおばあちゃんは、おじいちゃんの口から聞きたかっただろうな。

 

何度もちゃんと自分で言った方がいいよっておじいちゃんを応援したけど、

 

いつも 「今日も言えなかった」 「やっぱり言えなかった」

 

っておじいちゃん、申し訳なさそうな顔してあたしをみてた。

 

だからあたしがいつかちゃんと伝えなきゃってずっと思ってた。

 

遅くなってごめんね、おばあちゃん。

 


マリちゃんが帰ったあと、洗濯物を取り込んでいると

 

うっかり小石につまづいてせっかく乾いたタオルを地面に落としてしまいました。

 

昨晩の雨で土がまだ湿っていたからタオルは泥だらけ。

 

また洗濯しなおさなくちゃなりません。

 

「お前はまたそんなつまらんヘマをして。

 

まったく、わしがいないと何ひとつ、まともにできないのだから困ったものだ」

 


はい、はい。すみませんね、おじいさん。

 

あなただって大事なことは何ひとつ、言ってくださらなかったじゃないですか。

 

困ったものはお互いさまです。

 


おばあちゃんに言ってしまった。

 

口を手放す前に言えば良かったとずっとずっと後悔してた。

 

そうしたら、おばあちゃんは口を無くさなかったかもしれない。

 

あのお姉さんが持っている口は、おばあちゃんの口だ。

 

返してと言えば、返してくれるかな。

 

あ、でもお金を返さなきゃいけない。

 

ママ、うるさいく言うだろうなぁ。

 

でもあのお姉さん、口があってうれしそうだった。

 

返してなんて言ったら、悲しむかな。

 

だいたいおばあちゃんは、口を返して欲しいなんて思ってなさそうだった。

 

でもあれは、おばあちゃんの口なのに・・・。

 


「おばあちゃんは、口がなくても幸せなの?」

 

  ああ、幸せだとおもうよ。

 

  おばあちゃんは、口がない方が向いているのかもしれないね

 

「そっかぁ。・・・それなら良かったね、おばあちゃん」

 

あたしは余計なことをしちゃいけない。

 

だから、おばあちゃんとおしゃべりできなくなってさみしいと思ってることを、

 

あたしはだれにも言わない。   <続く>

 


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<お姉さんの名前>

  • 2010.09.25 Saturday
  • 22:04


桐矢連載第10話。

 

いよいよ佳境を迎えたのか。

 

さてどうなる「口のない友達」?

 


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「口のない友達」10  お姉さんの名前   桐矢絹子

 


あのお姉さんに口があった。

 

まちがいない。さっき駅前ですれちがったあの人は、

 

体験教室のときにいろいろ教えてくれた口のないお姉さんだ。

 

女の人と楽しそうにしゃべりながら歩いてた。

 

あれは、おばあちゃんの口?

 


その夜、仕事から帰ってきたパパに口を落札した人の住所を聞いたけど、

 

「お前は知らなくていい」と繰り返すばかりで教えてくれなかった。

 

それでもしつこく聞くと、

 

「ママには内緒な」と言ってしぶしぶ名前だけを教えてくれた。

 

明日陶芸教室に行って、先生にあのお姉さんの名前を聞いてみよう。

 

心臓がどきどきしていた。

 


マリに口の落札者のことをしつこく聞かれて焦った。

 

口をオークションに出品したあと、

 

入札はしないものの、変わった質問がいつくかあった。

 

「口をふたつ持つことはできるんでしょうか?」や

 

「その口とおしゃべりすることはできますか」と。

 

冗談じゃない。お袋の口だぞ。

 

大事にしてくれる人でなければ渡せるものか。

 

だいたい俺は納得したわけじゃない。

 

だが、お袋はすぐにでも口を捨てそうな勢いだし、

 

もし本当に捨ててしまったら、

 

やっぱり売ればよかったのよ、と奈保子に責められるだろう。

 

だからとりあえず出品だけはして、入札が無ければそれで終わりにしようと思っていた。

 


売ろうとしたけど売れなかった。

 

それでいいじゃないか。あとはお袋だ。

 

だれも欲しがらないものを捨てたってしかたないって、諦めてもらえないだろうか。

 

・・・もらえないだろうな。

 

お袋にとっては、自分の口を欲しがっている人がいようがいまいが、関係ない。

 

ただ口を手放したいだけなのだから。

 

ああもう、どうすりゃいいんだ。

 

俺はお袋に、口を手放して欲しくなんかないんだよ。

 

・・・とりあえず、出品期間が過ぎたら、お袋に話をしにいこう。

 

その先のことは、またそれから考えればいい。

 

大丈夫、時間はまだある。

 


しかし、残り時間があと一日となったところで、入札があった。

 

「わたしには口がありません。どうか、この口をわたしにください」

 

というコメントも書き込まれていた。

 

口がないだと? そんな人間がいるのか?

 

からかっているんじゃないだろうな。

 

だが、確かに入札されている。

 

あんなばあさんの口を買ってどうするつもりだ?

 

口がないというのだから、自分が使うのか。

 

世の中には口がない人間もいるんだな。

 

そんな人、今まで見たことがない。

 


・・・・とにかく、入札があったんだ。

 

奈保子の言うように、どうせ捨てるくらいなら売ったほうがいいよな。

 

だれかに使ってもらえるなんて、あんがいお袋も喜ぶかもしれない。

 

どうせ俺の言うことなんて聞きやしないんだ。

 

このことで奈保子とまたもめるのも面倒だ。

 

売ってお互いが納得するなら、それでよしとしよう。

 

奈保子だって、金が入れば少しはヒステリーがおさまるかもしれないし。

 

俺はこの人に、お袋の口を売ることに決めた。

 


お袋の口を落札したのは、同じ街に住む

 

「イワサキ チカ」という人だった。  <続く>

 


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