中国新聞エッセー<No51 連載終了宣言>

  • 2007.06.04 Monday
  • 10:08

 『これがオヤジの生きる道』 NO51


  連載終了宣言

  妻の回復に驚きの一年



 (2007年6月3日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76233.jpg】



先週は、「祝連載五十回」を

自分で祝ってしまった塩爺です(汗)。

今週は五十一回目。

気分も新たに百回めざして頑張るぞ、

と言えればいいのですが、

残念ながら「店じまい」のお知らせです。

六月いっぱいをもって、私の連載は終了いたします。


「えっ、唐突に」と思われるかもしれませんが、

私の中では「一年で区切りにしよう」

という思いがあったのです。

スタートしたのが、昨年の六月十八日。

くしくも、父の日と娘の誕生日と連載スタートが重なった

「三重苦」ならぬ「三重喜」の日でした。


いつまで続けられるか分からないけれど、

可能なら一年頑張ろう。

そう思っての船出でした。

今月で当初の目標達成です。

ここで一区切りつけましょう。


振り返ってみますと、初回にこんな文章を書いています。

「一般的に『介護』というと、親の介護が直面する問題でしょう。

それが私の場合、妻だった。

ここから私の人生観・価値観がごろりと変わりました。

仕事人間から家庭人間へ。

『殴る夫』から介護する夫へ。

百八十度の大転換でしたね。」


初回に書いた通り、妻の介護生活と団塊世代の生き方、

これが一年間の二大テーマになりました。

介護ネタ五割、団塊ネタ四割、その他一割といった比率でしょうか。

大半を占めた介護生活を読み返してみて驚いたのは、

妻の秀子の回復力のすごさでした。


連載二回目に、私の一日をつづっています。

その当時の私は、

朝から妻のマッサージをしたり、

ふとんから抱きかかえて起こしたり、

服を着替えさせたり、風呂に入れたりと、

至れり尽くせりの介護生活を送っていました。

ところが、たった一年過ぎた今、妻の秀子は、

これらのことをすべて自分一人でできるようになりました。

「すごいなあ、秀子さん」とあらためて思った次第です。


こうしてみると、一年というのは短いようで、

けっこうな「長さ」なんだなと思います。

不可能だと思っていたことを可能にしてしまったのですから。

「時間が解決してくれる」というのは、

こういうことを言うのでしょうかね。


連載終了宣言したら、つい「昔話」にふけってしまいました。

今月末の終了まであと三回。

もうしばらく、おつきあいくださいませ。


     ●


【塩爺のお願い…まだ三回も残っとるんかい、と言わないでね】

(ブログ「Shiozyの介護生活」運営者=廿日市市)



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中国新聞エッセー<No50 連載50回>

  • 2007.05.28 Monday
  • 12:09

 『これがオヤジの生きる道』 NO50


  連載50回

  読者の励ましが原動力



 (2007年5月27日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76229.jpg】



あのう、気づいていただけましたでしょうか。

こんなことを自分で言うのもなんですが、

言わないと、誰も気づいていただけないので、

言います。

本日、連載五十回目です(祝自分)。


昨年六月にスタートして、もうすぐ一年。

良く続いたなあ、というのが実感ですね。

書き始めた当初は、いつまで書き続けられるのか、

正直、自信がありませんでした。

連載十回を越えたあたりで、最大の危機がありました。

うつ状態に陥って、「どつぼ」にはまったのでした。


「幻の十三号エッセー」というのがあります。

原稿を書いてみたものの、

その時の「どつぼ」心理を反映した内容になってしまい、

直前で没原稿としました。

自分の「うつ」に気づいた瞬間でした。

気づかなかったら、

おそらくその時点で書けなくなっていたかもしれません。


この最大の危機を乗り越えて、

後は順風満帆、と言えればいいのですが、

実態は「匍匐(ほふく)前進の五十回」と言ったところでしょうか。

頭を低くして、はうようにして書き続けた五十本。

その原動力は「読者さん」にありました。


新聞の連載というのは、

意外と読者さんの反応がつかめないものです。

私の場合、許可をいただいて、新聞掲載翌日に、

エッセーを自分のブログへ再掲載してきました。

ここでは、反応が速攻で返ってきます。


ブログへ感想コメントをくださる方々は、

もともと好意的な方々なので、

「批評・批判」というのは少ない。

むしろ、お世辞に近いのかもしれませんが、

それでも、エッセーのどの部分に共感してくれたのかが分かって、

大変ありがたいわけです。

長続きできた要因の一つは、

「読者さんの反応を感じつつ書けた」こと。

これがあったからだと断言できます。


この原稿を書いているたった今、わが家に贈り物が届いた。

「毎日曜日のエッセーを楽しみに拝読しています。

私も老々介護の身、元気づけられております。

(妻の)秀子さんに幸いあれと、心を込めて折りました」

という手紙とともに、千羽鶴が届けられたのだ。


こういう読者さんからの励ましがあったればこそ、

長く続けてこられたのだなあ、

と今、感慨ひとしおです。

このプレゼントはもちろん秀子のためのものだが、

私的には「祝五十回」の記念品だと受け止めている。

ありがとうございました。


     ●


【読者さんへのおわび…50回記念の読者プレゼント企画は、ありませぬ】

(ブログ「Shiozyの介護生活」運営者=廿日市市)



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中国新聞エッセー<No48 障害者の旅(中)>

  • 2007.05.14 Monday
  • 11:31

 『これがオヤジの生きる道』 NO48


  障害者の旅(中)

  東京で病院行き・・・私が



 (2007年5月13日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76218.jpg】



健常者の夫が、障害者の妻を介助しながら旅をする。

なんともほほ笑ましい光景ですなあ。

こう書くと、「自分で言ってどうする」、

とツッコマれますよね。

今回の「東京旅行」前には、

正直、上のような思いを抱いていたのです。

ところが、フタを開ければ、

それが逆転していたというお話です。


ビロウな話で恐縮ですが、

旅行の数日前から、私のお尻におできができて、

「これはちょっとヤバイかも」という不安がありました。

しかし、娘に会いたい一心の妻に、

「おできが悪化しそうなので、旅行を止めよう」

などとは口が裂けても言えません。

まあ、なんとかなるだろうと、

高をくくったのがウンの尽きでした。


新幹線に乗っている四時間、

おできができた右のお尻に負担をかけまいと、

「左半ケツ重心の術」という

高度な座り方をしておりました。

右へちょっとでも重心をかけると、鋭い痛みが走る。

そんな状態でしたので、四時間ずっと同じ姿勢で通しました。

これが、いけませんでした。


その夜、娘のアパートに到着するや否や、

体の節々が痛く、倒れこむように寝てしまいました。

翌朝、目が覚めると、お尻が痛くて起き上がることができない。

体の向きを変えることもできない。

悲鳴をあげながら、娘に抱え起こしてもらいました。


「どうしたん、東京見物どころの話じゃないじゃん」。

娘も妻の秀子も不機嫌そう。

「痛くて不機嫌なのは、わしのほうじゃ」

という反論も口に出すことができない。

「と、とにかく、病院を探してくれ」

というのがやっとでした。


一〇四に電話して、近くの外科、皮膚科、肛門科を総当たり。

距離にして一?離れた個人病院をやっと探し当てた。

一?とはいえ、そこまで歩いて行くわけにはいかない。

で、仕方がないから、

すぐ近くの駅でタクシーを拾うことにした。

そこまでの距離三百?。

秀子のつえを借りて、ゆくりゆくりと歩いた。


二百?ほど歩いたところで、痛くて一歩も進めなくなった。

思わずうずくまる私。

しばらくその状態で我慢していたが、

このままではどうしようもない。

意を決して立ち上がったところ、

目の前に「○○皮膚科」の看板が目に入った。

一瞬、幻覚かとも思ったが、確かにその看板はある。

「天はわれを見捨てず」。

思わずそう叫んだのでした。(続く)


     ●


【口の悪い読者さんA…塩爺は日ごろの行いが悪いんじゃないの】

(ブログ「Shiozyの介護生活」運営者=廿日市市)



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中国新聞エッセー<No46 ウソつき塩爺>

  • 2007.04.30 Monday
  • 12:33

 『これがオヤジの生きる道』 NO46


  妻と一緒に就寝

  見え張り提案 本当は…



 (2007年4月29日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76204.jpg】



実は私、このエッセーにウソを書いてしまいました。

見えを張ったばっかりに、

事実と違うことを書いてしまいました。

八日付のエッセーに、

「夫婦は一緒に寝ましょう」などと、

まるで自分が実践しているかのように書いたのでした。


その日の朝、

起きてきた妻の秀子が、このエッセーを読むなり、

「ウ、ウソ」と鋭く指摘しました。

初球を投げたピッチャーが、

いきなり場外ホームランを打たれた心境。

いや、味方だと思った人に後ろから殴られた心境かな。

効いたなあ、このひと言。


本当のことを言うと、


同じ部屋ではなく、私は隣の部屋で寝ております。

秀子が介護ベッドからふとんに寝るようになった時、

同じ部屋で寝ようと実行したのですが、

いびきがうるさくて寝られないといって、

追い出されたのでした。

以来、私は隣室で寝ております。

ただし、お互いの部屋のドアは開けたまま。

私は右耳が聞こえないので、もしもの時の対策です。


自分が実践できないことを、他人に提案するんじゃないぞ、

とおしかりを受けるかもしれませんが、

われわれの世代には大事なことですので、

あえて「一緒に寝ましょう」と書いたのでした。


この提案、実は反響が大変大きかったのです。

近所の人からは、「うちも一階と二階別々なのよねえ」と、

深刻そうに言われましたし、

読者さんから直接、家に電話までかかってきましたからね。

そして、ブログへのアクセス数は過去のエッセー中、

最高を記録しました。


この反響の大きさをみると、

それだけ「健康への不安」が大きいのだろうと思います。

今は夫婦とも元気だからいいけれど、

もし連れ合いが突然倒れたら…。

それを考えると、

私のケースは人ごとではないのかもしれません。


直前まで元気に長生きをして、

寝ているうちに安らかに旅立つという

「ピンピンコロリン」が、

理想的な老後のあり方だと願ってみても、

これがかなうのはわずかな人だけ。

看護・介護のお世話になるのが大半でしょう。


もしそうだとしたら、

「早期発見」の手だてを講じておかないとね。

という意味で、

「夫婦は一緒に寝ましょう」は大事なことのように思えるのです。

ウソつき塩爺をお許しあれ。


     ●


【塩爺の見え…いびきで追い出されたのを隠すんじゃないぞ】

(ブログ「Shiozyの介護生活」運営者=廿日市市)



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中国新聞エッセー<No45 プレゼント旅行>

  • 2007.04.24 Tuesday
  • 13:32

 『これがオヤジの生きる道』 NO45


  プレゼント旅行

  娘のやさしさに妻号泣



 (2007年4月22日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76199.jpg】



本日、東京にいる予定の塩爺です。

「予定」と書いたのは、

この原稿を書いてるのが二週間前だからです。


先週のエッセーに、

「妻の秀子を東京の娘のところに連れて行こう」と書いた。

早速、準備を始め、新幹線のチケットを購入した。

犬のチワワのペットホテルも予約した。

毎週水曜日の通所リハビリと金曜日の訪問リハビリでは、

秀子の長距離歩行特訓を開始した。

階段を一階から四階へ往復するという

ハードな特訓をやってもらっている。


このように、準備万端整えて旅行に備えているが、

実際に決行できたかどうかは、

この原稿を書いてる時点では見えていない。

何らかのトラブルがあって、

旅行できなかったというケースもありうるのだ。

そんな不確かなことを書くんじゃないぞ、としかられそうだが、

「トラブルよ、起こらないでくれ」という

願いを込める意味で書いている。

秀子さん、そりゃ楽しみにしているんですから。


この旅行、実は娘からのプレゼントです。

先月末、「では、行ってきます」と

あいさつして転勤していった娘に、

号泣した秀子であったが、

数日後、また泣いてしまった。


娘の残していった荷物を整理していると、

一通の封筒が出てきた。

開けてみると、ン万円のお札が入っている。

「ありゃ、へそくりか」と思ったが、中に便せんが一枚。

「これで、お母さんを東京に連れてきてあげてください」

と一行のメモ。

「わしはそんなに貧乏か」というツッコミを入れる前に、

秀子さん号泣しはりましたな。


「では、ありがたくいただいて、

これで新幹線のチケットを買おう」と言うと、

秀子さん「だ、だめ」と断固拒否。

娘のために貯金しておくようでございます。

それじゃ、娘のプレゼントにならないじゃん。

そうお思いですね。

私もそう思いますが、秀子にとっては

「気持ちは娘からのプレゼント旅行」なのです。


お金は私が払う。ありがたみは娘。

おいしいところはすべて娘に持っていかれた東京行きですが、

はてさて、無事に旅行できたでしょうかね。

ハラハラドキドキしている二週間前でございます。


あっ、わが家に来てチャイムを鳴らして、

不在を確かめたりしないでくださいね

(ひっそり家にいたりなんかして)。


     ●


【塩爺の独り言…ふう、見えてない話を書くのはむつかしい】

(ブログ「Shiozyの介護生活」運営者=廿日市市)



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中国新聞エッセー<No44 いざ、上京。>

  • 2007.04.16 Monday
  • 11:13

 『これがオヤジの生きる道』 NO44


  いざ、上京。

  娘に会える 目を輝かす妻



 (2007年4月15日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76198.jpg】



娘が転勤で、東京へ行ってしまってから

二週間が経過した。

転勤の内示があった時、

妻の秀子は悲しがるかと思いきや、

意外にも大賛成だった。

それは、娘のところ、

すなわち東京に遊びに行けるという

単純な思いからだった。

家から出ようとしない秀子が、

自ら望んで旅行したいというのだから、

大変な自立度だと喜んだものだった。


しかし、実際に引っ越しが始まり、

いよいよ明日、東京へ向かうという日を迎えると、

さすがに寂しそう。

出発の日は早朝の便だったので、

秀子は見送りに行けず、残念そうだった。

「では、行ってきます」と

玄関で娘があいさつすると、

秀子はたまらず大声で泣きだしたのだった。


大学からそのまま東京で就職した娘が、

母親の介護が心配で、やむなく帰広してから三年。

最初の二年間は実家に暮らし、

母親の自立度と父親の介護生活習熟度に安心したのか、

最後の一年は実家を出ての一人暮らし。

つまりは娘自身の自立をめざしたのだが、

週のうち半分は実家に帰ってくるというありさまで、

親離れはなかなかできないでいた。


秀子は秀子で、娘が実家に帰ってこない日は、

朝出勤前、昼休み、夜寝る前と、

日に三度の電話を欠かさない。

こちらも娘離れができないでいた。

だから、「東京に遊びに行ける」と言いつつも、

内心は寂しいに違いないのだ。


娘がいなくなって二週間。

案の定、妻の秀子は落ち込んでいる。

「あ、あんただけね」と、

犬のチワワに向かってグチをこぼしている。

ちょっとかわいそうなので、

「そろそろ様子を見に東京へ行ってみようか」と言うと、

秀子の目がぱっと輝いた。

「う、うれしい」。


娘が赴任して、家財道具が届くのが、

その一週間後という段取りの悪さだったので、

やっと今ごろ落ち着いたころだろう。

タイミング的にちょうどいいかな、

ということで、今週末から秀子を連れて上京する。

新幹線から私鉄への乗り換えなど、

歩き通せるのかという不安があるが、

秀子は全然おかまいなしだ。

娘に会えることだけでうれしいようだ。


ちょうどいい機会だから、秀子を娘のところに

一週間ばかり預けてみようかと思っている。

私のいないところで、

「母親役」を演じてみるのも、

彼女の自立には大切なことかもしれないと思うからだ。


     ●


【塩爺の不安…そのまま東京に居ついたら、わしはどうする?】

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中国新聞エッセー<No43 夫婦の体温>

  • 2007.04.09 Monday
  • 11:44
 『これがオヤジの生きる道』 NO43


  夫婦の体温

  手をつなぎ 互いを実感



 (2007年4月8日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76195.jpg】



広島は地方選挙投票日という気ぜわしい日に、

なんとのう場違いですが、

気恥ずかしい提案が二つあります。


団塊世代の夫婦にとっては、何を今更なことですが、

「夫婦は一緒に寝ましょう」というのが一つ目の提案です。

「この年になって、そんなウザイことできますか」。

そうお考えですね、奥さま。

「この年になった」からこそ大事なのです。


前にも、このエッセーで書きましたが、

私は妻の秀子が脳梗塞で倒れた時、

十三時間、気づかずに放っておいてしまいました。

朝起きてこない秀子に、

「ゆっくり寝かせといてやろう」と

仏心を抱いたのがまちがいでした。

朝の時点で気づいていれば、

もっと軽くてすんだだろうと思うと、後悔しきりです。


この時、私は一階の居間で、秀子は二階の寝室で寝ており、

いわば「家庭内別居」状態でした。

朝起きてこない秀子を、「時間だよ」と下からさけんで、

ウーとかウンとか聞こえたような気がして、

つい、二階に上がりもせずに、仏心を出してしまった。

これが失敗でした。


おそらくその時、助けを呼んでいたに違いない秀子は、

会社に出て行くドアの音が、

地獄のドアが開く音に聞こえたはずです。

同じ部屋で寝ていれば、

こんなことにならなかったのに。

もっと早く気づいてやれたのに。

そう思うからこそ、

「夫婦は一緒に寝ましょう」なのです。

あっ、ベッドは別々でいいですから。


もう一つは、「手をつなごう」です。

「一緒に外出するのもイヤじゃわい」。

そんなつれないことを言わずに、

お願いしますよ、奥さま。

男は照れ屋ですから、自分からは言い出せません。

ここは一つ、奥さまのほうから、

それとなく手を握ってほしいものです。

手を握るのが恥ずかしければ、

「腕を組む」でもいいですから。


なぜ「手をつなごう」などと言い出したかというと、

私自身に新鮮な感動があったからです。

リハビリが進んで、自立度が増した妻の秀子は、

最近外出の際に、つえをつかなくなりました。

平たんな道なら自力で歩くようになりました。

しかし、ほんの少しの段差や坂があると、

やはりよろけます。

そんな時、無意識のうちに私の手を握ります。

その体温がたまらなくいいのです。

夫婦だな、と実感できるのですよ。


     ●


【一度つっこんでみたかった読者さんの弁…ノロケかい】

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中国新聞エッセー<No43 夫婦の体温>

  • 2007.04.09 Monday
  • 11:44
 『これがオヤジの生きる道』 NO43


  夫婦の体温

  手をつなぎ 互いを実感



 (2007年4月8日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76195.jpg】



広島は地方選挙投票日という気ぜわしい日に、

なんとのう場違いですが、

気恥ずかしい提案が二つあります。


団塊世代の夫婦にとっては、何を今更なことですが、

「夫婦は一緒に寝ましょう」というのが一つ目の提案です。

「この年になって、そんなウザイことできますか」。

そうお考えですね、奥さま。

「この年になった」からこそ大事なのです。


前にも、このエッセーで書きましたが、

私は妻の秀子が脳梗塞で倒れた時、

十三時間、気づかずに放っておいてしまいました。

朝起きてこない秀子に、

「ゆっくり寝かせといてやろう」と

仏心を抱いたのがまちがいでした。

朝の時点で気づいていれば、

もっと軽くてすんだだろうと思うと、後悔しきりです。


この時、私は一階の居間で、秀子は二階の寝室で寝ており、

いわば「家庭内別居」状態でした。

朝起きてこない秀子を、「時間だよ」と下からさけんで、

ウーとかウンとか聞こえたような気がして、

つい、二階に上がりもせずに、仏心を出してしまった。

これが失敗でした。


おそらくその時、助けを呼んでいたに違いない秀子は、

会社に出て行くドアの音が、

地獄のドアが開く音に聞こえたはずです。

同じ部屋で寝ていれば、

こんなことにならなかったのに。

もっと早く気づいてやれたのに。

そう思うからこそ、

「夫婦は一緒に寝ましょう」なのです。

あっ、ベッドは別々でいいですから。


もう一つは、「手をつなごう」です。

「一緒に外出するのもイヤじゃわい」。

そんなつれないことを言わずに、

お願いしますよ、奥さま。

男は照れ屋ですから、自分からは言い出せません。

ここは一つ、奥さまのほうから、

それとなく手を握ってほしいものです。

手を握るのが恥ずかしければ、

「腕を組む」でもいいですから。


なぜ「手をつなごう」などと言い出したかというと、

私自身に新鮮な感動があったからです。

リハビリが進んで、自立度が増した妻の秀子は、

最近外出の際に、つえをつかなくなりました。

平たんな道なら自力で歩くようになりました。

しかし、ほんの少しの段差や坂があると、

やはりよろけます。

そんな時、無意識のうちに私の手を握ります。

その体温がたまらなくいいのです。

夫婦だな、と実感できるのですよ。


     ●


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中国新聞エッセー<No43 夫婦の体温>

  • 2007.04.09 Monday
  • 11:44
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  夫婦の体温

  手をつなぎ 互いを実感



 (2007年4月8日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76195.jpg】



広島は地方選挙投票日という気ぜわしい日に、

なんとのう場違いですが、

気恥ずかしい提案が二つあります。


団塊世代の夫婦にとっては、何を今更なことですが、

「夫婦は一緒に寝ましょう」というのが一つ目の提案です。

「この年になって、そんなウザイことできますか」。

そうお考えですね、奥さま。

「この年になった」からこそ大事なのです。


前にも、このエッセーで書きましたが、

私は妻の秀子が脳梗塞で倒れた時、

十三時間、気づかずに放っておいてしまいました。

朝起きてこない秀子に、

「ゆっくり寝かせといてやろう」と

仏心を抱いたのがまちがいでした。

朝の時点で気づいていれば、

もっと軽くてすんだだろうと思うと、後悔しきりです。


この時、私は一階の居間で、秀子は二階の寝室で寝ており、

いわば「家庭内別居」状態でした。

朝起きてこない秀子を、「時間だよ」と下からさけんで、

ウーとかウンとか聞こえたような気がして、

つい、二階に上がりもせずに、仏心を出してしまった。

これが失敗でした。


おそらくその時、助けを呼んでいたに違いない秀子は、

会社に出て行くドアの音が、

地獄のドアが開く音に聞こえたはずです。

同じ部屋で寝ていれば、

こんなことにならなかったのに。

もっと早く気づいてやれたのに。

そう思うからこそ、

「夫婦は一緒に寝ましょう」なのです。

あっ、ベッドは別々でいいですから。


もう一つは、「手をつなごう」です。

「一緒に外出するのもイヤじゃわい」。

そんなつれないことを言わずに、

お願いしますよ、奥さま。

男は照れ屋ですから、自分からは言い出せません。

ここは一つ、奥さまのほうから、

それとなく手を握ってほしいものです。

手を握るのが恥ずかしければ、

「腕を組む」でもいいですから。


なぜ「手をつなごう」などと言い出したかというと、

私自身に新鮮な感動があったからです。

リハビリが進んで、自立度が増した妻の秀子は、

最近外出の際に、つえをつかなくなりました。

平たんな道なら自力で歩くようになりました。

しかし、ほんの少しの段差や坂があると、

やはりよろけます。

そんな時、無意識のうちに私の手を握ります。

その体温がたまらなくいいのです。

夫婦だな、と実感できるのですよ。


     ●


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中国新聞エッセー<No43 夫婦の体温>

  • 2007.04.09 Monday
  • 11:44
 『これがオヤジの生きる道』 NO43


  夫婦の体温

  手をつなぎ 互いを実感



 (2007年4月8日付、中国新聞Dの頁掲載)



↓↓紙面はこんな雰囲気ね。
【画像:76195.jpg】



広島は地方選挙投票日という気ぜわしい日に、

なんとのう場違いですが、

気恥ずかしい提案が二つあります。


団塊世代の夫婦にとっては、何を今更なことですが、

「夫婦は一緒に寝ましょう」というのが一つ目の提案です。

「この年になって、そんなウザイことできますか」。

そうお考えですね、奥さま。

「この年になった」からこそ大事なのです。


前にも、このエッセーで書きましたが、

私は妻の秀子が脳梗塞で倒れた時、

十三時間、気づかずに放っておいてしまいました。

朝起きてこない秀子に、

「ゆっくり寝かせといてやろう」と

仏心を抱いたのがまちがいでした。

朝の時点で気づいていれば、

もっと軽くてすんだだろうと思うと、後悔しきりです。


この時、私は一階の居間で、秀子は二階の寝室で寝ており、

いわば「家庭内別居」状態でした。

朝起きてこない秀子を、「時間だよ」と下からさけんで、

ウーとかウンとか聞こえたような気がして、

つい、二階に上がりもせずに、仏心を出してしまった。

これが失敗でした。


おそらくその時、助けを呼んでいたに違いない秀子は、

会社に出て行くドアの音が、

地獄のドアが開く音に聞こえたはずです。

同じ部屋で寝ていれば、

こんなことにならなかったのに。

もっと早く気づいてやれたのに。

そう思うからこそ、

「夫婦は一緒に寝ましょう」なのです。

あっ、ベッドは別々でいいですから。


もう一つは、「手をつなごう」です。

「一緒に外出するのもイヤじゃわい」。

そんなつれないことを言わずに、

お願いしますよ、奥さま。

男は照れ屋ですから、自分からは言い出せません。

ここは一つ、奥さまのほうから、

それとなく手を握ってほしいものです。

手を握るのが恥ずかしければ、

「腕を組む」でもいいですから。


なぜ「手をつなごう」などと言い出したかというと、

私自身に新鮮な感動があったからです。

リハビリが進んで、自立度が増した妻の秀子は、

最近外出の際に、つえをつかなくなりました。

平たんな道なら自力で歩くようになりました。

しかし、ほんの少しの段差や坂があると、

やはりよろけます。

そんな時、無意識のうちに私の手を握ります。

その体温がたまらなくいいのです。

夫婦だな、と実感できるのですよ。


     ●


【一度つっこんでみたかった読者さんの弁…ノロケかい】

(ブログ「Shiozyの介護生活」運営者=廿日市市)



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↓↓夫婦の体温冷えてます、と思ったらカチッとね。



山田さんちこちらも応援よろしく

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shiozyの愛飲焼酎はこれ。

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