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- 2015.08.04 Tuesday
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これまで、占いのブログを延々と続けてきた。
それも本日で無事卒業である。
起業家を育てるLet's Beginで出会って5か月。
松浦玄山のメンターとして付き合ってきた。
文章表現から始まり、彼の内面を解きほどく期間を経て、
ブログでの占い発信へとつながっていった。
長いようで短かった5か月。
本日、Let's Begin修了式である。
独り立ちの明日からは、
自身のブログが会社であり、事務所であり、店舗である。
ますますの発展を祈る。
「松浦玄山の万葉占い」 応援よろしくです。
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↓↓ランキング卒業しました。足跡記念にどうぞ。
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このシリーズの最終章を飾る文章はこれ。
『ボクの桜』
先日、祖父の家に出掛けた。
桜のつぼみがまだ硬く身を閉じている時期だった。
市内から電車一時間、バスで三十分進むと、
懐かしい景色が見えてきた。
山と山の間に、田んぼと民家がぽつぽつと見える。
変わらない田舎。ここへ来ると心が落ち着く。
祖父はバス停まで迎えに来てくれていた。
会うのは5年ぶりになる。
それまで何度も会いに行こうと思っていた。
でも、結局辞めた。
私は長い間、定職についていなかった。
「何をしているのか?」と聞かれるの怖かったからだ。
最近、やっと真剣に向き合える仕事が見つかった。
新たにスタートを切る決意した。
気持ちに区切りをつける為に帰省した。
幼い頃はよく一緒に出掛けた。
川へ岩魚を釣りに行った。
ホタルを見せてくれた。
涼しくなると栗や椎茸を採りに行った。
穏やかで、やさしい姿しか思い浮かばない。
帰り道、車で近くの駅まで送ってもらった。
昨日の夜、「生涯現役だよ!」と話していた祖父の横顔には、
今までに感じたことのない厳しさがあった。
坂を下り、山沿いに駅が見えてきた。
早春の空。柔らかい風が木の葉を揺らした。
「ゆう君よ、今年はよー冷えたけ、きれいな桜が咲くよ」
「おじいちゃん、ありがとう」
ボクの桜を咲かせよう。
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約二か月のご愛読ありがとうございました。
松浦玄山に成り代わり、御礼申し上げます。
また続編が出来上がったら、随時公開する予定です。
松浦玄山
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初春や ジジババの手にも コウノトリ
今年の夏には初孫誕生予定。
名実ともに、塩爺になれるかな。
ということで、本年もよろしくです。
さて、年末から続けてきた文章修業の経過も、いよいよ大詰め。
締めくくりとして、松浦玄山の卒業作品、ふたつの文章を挙げてみよう。
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<占い師 松浦玄山05>
「伝えたい、この気持ち」
最近、「文章の指導」を受けている。
飽き性、面倒くさがり屋。
その私が、言われたことをコツコツと続けている。
書くことは楽しい。文章を考えるのは楽しい。
今までになかった感覚が湧いてきた。
私は「国語」があまり得意ではない。
中学校に入って最初のテストで失敗した。
何とかなるだろう、と全く準備をせず臨んだ。
結果は散々だった。
どのように勉強すべきかわからなかった。
学校の先生は「とにかく本を読むことが大切だ」と言うが、
もともと興味が無いから、一向に進まない。
それ以来「国語という教科」に興味を失った。
文章を書こうなんて、少しも思うことはなかった。
「その原動力は何ですか?」
先日の面談で、一番聞きたいことを投げかけた。
自営業をはじめた私は、情報発信の為にブログを立ち上げた。
しかし、うまくはいかない。
何をどう書いたらいいのか、つかめなかった。
答えはシンプルだった。
文章はメッセージ。
真剣な答え、渾身のストレートが返ってきた。
「伝えたい!」
その気持ちに心が震え、熱を帯びた。
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文章を書く楽しみがわかってきたようだ。
「誰かに伝える喜び」つかんでほしいものだ。
さて、もう一つの文章とは?
文学的表現も垣間見えだした掉尾を飾る文章は、
来週のこころだ。
<おまけ>
松浦玄山はこんな好青年。
何度なんども、課題提出→添削指導を繰り返し、
一応、合格点が挙げられるようになったのは、
三か月が過ぎた頃だった。
さて、この仕上げの文章とは?
一年の締めくくりにふさわしい松浦玄山の心境をお読みください。
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『覚悟ということ』
私はハタチの時、大学を辞めた。
「占い師になろう」と思ったからだ。
当然、周囲の人間は驚き慌てふためき、非難した。
父は怒鳴り、母は泣いた。
祖父母はただただオロオロした。
自分の決意は固い。
そう宣言したけれど、正直、不安だった。
先のことなんか、何も考えてなかった。
なるようになるさ、の軽い気持ち。
軽薄だった。
四柱推命の鑑定士の資格を取った。
占いハウスで鑑定できるようになった。
イベントの出展依頼も来るようになった。
ここまでは順調だった。
しかし、世の中そんなに甘くはなかった。
占いでは食べていけない。
バイトや派遣の仕事で、なんとか糊口をしのいできたが、
とうとう実家に帰るハメになってしまった。
それ見たことか。家族の大ブーイングだった。
非難の嵐が少し収まったころ、父が「飲みに行こう」と誘った。
生まれて初めてのことだった。
父親と息子。会話なんてありゃしない。
ただひたすら飲んで食べて、そして酔っぱらった。
帰り際、父がぼそりと言った。
「自分の人生だから、好きなように生きろ」
「俺は占いを続ける」
覚悟を決めた。
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さて、皆様のご感想をお聞かせください。
松浦玄山、泣いて喜ぶと思います。
追伸:本日で仕事納めのshiozyです。
皆様良い年をお迎えください。