『涙垰―赤名・布野石見銀銅助郷公事』 (菁文社 戸塚らばお)
時代小説といえば、主人公は歴史上の英雄か、
あるいは想像上の造形人物というのが通り相場だが、
地方にも埋もれた傑物がいるのである。
弱者であるがゆえに、歴史のなかに埋もれてしまい、
光を当てられることはない。
そんな人物に焦点を当てて、果たして小説になるのか。
島根の小藩・広瀬藩の赤名宿二十一か村は、石見銀山の輸送荷役を担う。
島根県赤名から広島県三次まで七里(約28キロ)とはいえ、
そこに立ちはだかるのは名にし負う豪雪地帯。
馬も通わぬ険路を馬280頭人足500名で銀銅を運ぶのである。
この苦役に貧村は疲弊してしまう。
武士という権力構造に、強訴・一揆という実力行使ではなく、
公事(くじ:訴訟裁判)という一見穏便な手法をとった庄屋達がいた。
せめて赤名宿から布野宿までの3.5里に半減できないかと、
幕府に訴えるのである。
ここには、赤名と布野という貧宿同士の対立があり、
幕府という巨大な官僚機構が横たわる。
十数年の歳月を費やしても何の解決ももたらさない虚しさに、
ついには、銀銅を布野宿に置き去りにするという実力行使に及ぶのである。
強訴でもなく一揆でもない、百姓の意地の発露である。
若き庄屋・半平太は打ち首。
悲劇のうちに幕は降りるのだが、その父親は夢見る。
「峠を越えなくていい隧道(トンネル)を掘ろう」
それが現在の赤名トンネルかどうかは定かではないが、
そう思いたくなる歴史ロマンを予感させる。
吉田掛合から三次までの高速道路が開通した。
半平太の死から約200年後である。
<shiozyのお勧め度☆☆☆☆>
地方には、地方ならではの優れた作家がいる。
埋もれた史実を拾い集め、それを小説にしてみせる。
この戸塚らばおもその一人だろう。
この「涙垰(なみだたお)」を読んでいる途中に、
どこか「既視感」に見舞われた。
蔵書を探ってみると、あった。
既読の作家だった。
私より二歳上の三次在住の作家。戸塚らばお。
お会いしてみたいものだ。
「涙垰―赤名・布野石見銀銅助郷公事」
三次市の地方出版社・菁文社(せいぶんしゃ)刊
戸塚らばおとこの出版社にも拍手を贈ろう。
-----------------------------------------------
↓↓ランキング卒業しました。足跡記念にどうぞ。
広島ブログ 山口ブログ